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それを今日朝からずっとやっていて、いい加減疲れてきた。いっそ変だとハッキリ言われてしまえばスッキリするだろうかと一縷の望みに賭ける。しかし藤澤先輩はあっさりその期待を裏切った。


「僕は良い傾向だと思うよ」

「……良い傾向?」

「うん。すごく良いよ」


それは無いと思う、ような。分からない、ような……。
複雑な思いに眉を寄せると、藤澤先輩は肘をついた手に顎を乗せて首を傾げた。


「嫌な訳じゃ無いんでしょ?」

「え?」

「世話されたりとか頭撫でたりとかタッくんにされる事。嬉しいんでしょ?」

「……はい」

「ほら。悪いことなんかないでしょ?じゃあ良いって」


嫌じゃないから変だと思うんですが。
口を曲げて唸る俺に藤澤先輩はニッと笑った。


「この話、突き詰めていくと楽しいことになるけど、そんな焦ることないよ。いつかは分かるし。それより今は風邪治す方がさーき」

「楽しい?」

「うん。とっても楽しい」


僕が。と最後に付きそうな笑顔で藤澤先輩は言う。これは、俺はきっと楽しくない。
確信めいた予感に顔を引き攣らせているとバフッと布団を被せられた。


「はい。今回はここまで。風邪引きさんはとっとと寝た寝た〜」

「う、ぶっふ」


衝撃に呻きながらなんとか顔を出す。咳き込んで涙目になりながらジトッと見上げると、藤澤先輩は今までとは違う、優しい笑みを浮かべて口を開いた。


「またタッくんのことでなんか悩むことあったなら僕に言いにおいで。何でも聞いてあげるよ。聞く、だーけ」


最後は悪戯っぽく言われたが、声色は柔らかい。手助けって、溜め込むなって言ってくれているのか。可笑し過ぎて誰にも相談できないと思っていたこんな話を聞いてくれる、と。……いや、そんな厚意も含まれてはいるだろうけど楽しそうって考えの方が比重はありそうだ。でも、思い遣りのある人でもあるんだな。

ポフポフと布団を叩く音が聞こえる。規則的な音に段々うとうとし始め目を閉じる。起きる頃にはタッくん帰ってきてるから安心しておやすみ、と静かな声に頷いてゆっくり眠りについた。











ベッドが揺れた感覚に意識が浮上する。薄く目を開き鼻で深く呼吸すると心地好い匂いがした。ほっと息を吐く。するとまたベッドが揺れ、誰かいるのかと顔をそちらへ向けた。


「……ん、悪い。起こしたか」

「……せん、ぱい?」

「あぁ、ただいま」


未だ眠いとしょぼつく目を擦り、おかえりなさいと返す。もうそんな時間か。
脇の時計を見上げると、針は普段帰ってくる時間より前を指している。本当に早く帰ってきてくれたのかと胸が温かくなるけれど、無理させたのではないかと申し訳無くもなった。


「ちゃんと寝ていたみたいだな」

「……はい」


開ききらない瞼を撫で先輩はクスクスと笑う。あぁもう、だからさぁ……。
上がる心拍数から逃れるように身を捩り上体を起こす。座って一息吐くと、先輩は一度頭を撫でてから部屋を出て行った。途端寂しくなる自分の額を叩いて立てた膝に肘をつく。そうしてボーッとしていると、暫くして先輩はお盆を持って戻ってきた。藤澤先輩がお粥を作り置きしてくれていたらしい。何か、本当に有難くも申し訳無い。
今度ちゃんとお礼を言わねばと考えながら手を伸ばす。が、先輩は何故かそれを渡さず横に座ると膝に乗せた。訝しげに先輩を見上げると、楽しそうに笑った先輩はお粥を一掬い取って俺の口に差し出してきた。


「え、あの、先輩。自分で、食べ、ます」

「これ位やらせとけ」

「手、使えますし、子供じゃないですし……」

「良いじゃないか。ほら」

「……先輩疲れてるのに」


恥ずかしさが一番だがそれを言うのも恥ずかしい。それ以外の言い訳を回らない頭を駆使して伝えると、先輩は苦笑して匙を器に戻した。


「迷惑じゃないか、なんて考えないでくれるか。……と言っても難しいんだろうな」

「……えっと、」

「遠慮はするなと言っただろう?」


眉を下げる先輩に慌てる。何も考えずに言った台詞はどうやら余計先輩を気にさせたらしい。別に遠慮じゃなかったんですけどね。
いやしかしそんな考えもなくはない。ここまで何でもかんでもしてもらうのは気が引けるっていうか。先輩もする事あるだろうし。……そうじゃん。自分の事ばっか考えていたけど凄く面倒掛けてんじゃん。
ハッとして何か言わなければとまごついていると、ポンと頭に手を置かれた。


「迷惑の掛け具合なら。疲れているだろうに態々部屋まで呼び寄せて飯を作らせていた俺の方がよっぽど酷いだろう」

「それは、俺が勝手にしたがっただけで」

「それだよ。俺も、勝手にしたいだけだ」


倒れさせた原因でもあるしな、と付け加えられ首を横に振る。寧ろ押し掛けている俺の方が迷惑だと思うし。勝手にって、それでも一々何かするのは大変だろうし。
ぐるぐると考えていると俯いていた顔を上げるよう頬に手を添えられた。


「お前の世話を焼けるのは、結構楽しいよ」


指先で目尻を撫でながら微笑まれ、胸が苦しい。でも悪い苦しさではない、と思う。嬉しすぎて胸が一杯とか、そんな感じ。
良いかなぁ。甘えても。恥ずかしいけど、嬉しくはあるんだし。


「……はい」


ありがとうございます、と小さく返事をする。すると先輩は柔らかく口を緩めた。また、ドキリとする。
何なんだろうな、これは。苦しいけど幸せなような。よく分からない。けれど藤澤先輩が言うようにこれが悪い事じゃないのなら。もう少しこれに浸っても良いだろうか。


先輩の指に自分の手を添え目を細める。また顔が赤くなっている気がするがまた熱のせいだと思われるだろう。ヘラっと笑って擦り寄れば撫でていた指の動きが止まった。


「…………」

「先輩?」

「袖は、捲るか」

「あ、はい」


言われた通り落ちていた袖から手を出し折り曲げる。確かにこんなダブダブな格好で食べるのは危なっかしいと片手を何とか捲り終えれば反対の袖を先輩が折ってくれた。その、自分より大きな手の甲の動きにまた心臓が跳ねる。


昨日から続くこの意味不明な動悸は何なんだろうな。恥ずかしいってのもあるけど、それ以外にもあるような……。
後回しにしていた疑問を追及しようとしたが唇に当てられた匙の感触に意識を取られ霧散する。つい開いた口にお粥を入れられ取り敢えず考えるのを止めた。
今はまだ考えなくても良いだろう。藤澤先輩の言うように先ずは風邪を治す事にして焦らずゆっくり考えよう。……何を?
うん?と沸いた疑問に答えはでないまま。お粥と共に飲み込んだ。



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