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下ろされたベッドへ氷枕を敷いたり飲み物を並べられたりと準備が着々と進められる。てきぱきと行われるそれに声を掛けるタイミングを失いアワアワとしていると、準備し終えた藤澤先輩が満足そうな声を溢して俺を見た。


「さーて。取り敢えず吉里くんは暫くの間この部屋に待機しててね。あ。暫くって数日のことだよ?」

「え?」

「いいでしょ?タッくん」

「あぁ」

「え、あのっ」


頭上で交わされる会話に慌てて割り込む。何?と訊く藤澤先輩に帰ります、と告げるととんでもない、と呆れた顔をされた。


「一人で治そうとして悪化させちゃったでしょ?だから、キッチリ治るまではこの子にしっかり甘えちゃいなさい」

「いえ、そんな事……。移したら……」

「もうガッツリべたべたしてんだから移るならとっくに移ってるよ。気にしない気にしなーい。さて。じゃあ僕は帰るよ。また明日ね。お大事に」


言いながら頭を撫でて笑った藤澤先輩が立ち上がって伸びをする。そして先輩に絶対帰しちゃダメだからね、と念を押してサッサと外へ出て行ってしまった。
風の様に去っていった藤澤先輩。あの強引さとテンションは、先輩というより隊長さんの親戚と言われた方がしっくりくる気がする。

そのままボケッとドアの方を見ていると近付いてきた先輩から気分は悪くないか、と訊ねられコクリと頷いた。そうか、とだけ呟いた先輩が布団を掛けてきて慌てて起き上がろうとする。帰るなと言われただろう、と苦笑しながら窘めてくる先輩。でも、と見上げて、何か可笑しいと視線を止めた。
寝るよう促してくる先輩をジッと見詰め、その視線が微妙に合わない事に気付く。何か訊きたそうだけど気を逸らす雰囲気。それに何だか俺に触れるのを躊躇っているような気も。一つ気付くと色々目について、ジワッと胸に寒気が広がる。


先輩がよそよそしい気がするのは、俺が変に過敏になっているせいだろうか。それともやっぱり迷惑とか面倒だとか思われているんだろうか。病人の世話なんてそりゃ嫌に決まっている。やっぱり流されちゃいけなかった。でも……。
帰る、と。言わなければと思うが口が動かない。頭の中のグラグラは増していくばかり。……今日だけ。今だけ。もう少しだけ。傍にいさせてほしい。
耳元で氷がカラリと転がる。冷たい枕に頭を擦り付け、口の中で小さく謝った。


考える内に先輩自身も着替えて寝る準備を整えてきた。そう言えば先輩はどこで寝る気だろう。優しい先輩が病人をベッドから出すとは思えない。まさかソファとか言わないよな。……言うかもな。どうしよう。
悩んでいる途中、先輩がどこかへ行こうとする。それにハッとして思わず先輩の手を掴んだ。驚きに開かれた目を見上げ、纏まらない思考のまま口を開く。


「あ、あの、ですね。……今日、雨降って寒いですよね」

「まぁ、少しな」

「だから、ですね。ソファで寝るのは良くないと思うんですよ」

「…………そうだな」

「えっと、その……だからっ、」


また段々と熱が上がってきたっぽい頭のせいで上手く言葉が出てこない。ソファが駄目ならどこだ。予備の布団なんてあるのか。以前みたいに一緒に……は、先輩が嫌か。けど、そうしてほしいような……。

ぐだぐだとしている内に掴んでいた手をソッと外された。ズキリと胸が痛む。意識の外に追い出していた嫌な感覚が足首に絡み付く。寒い。一人は、嫌だ。
グラリと視界が歪み、息が詰まる。少し持ち上げていた頭を枕に落とし苦しさに耐える。嫌だけど、我慢しなければ。迷惑掛けたくない。嫌われたく、ない。


そうしてギュッと歯を食い縛っていると、カチリと電気を消した先輩が戻ってきた。え?と起き上がろうとする前に先輩はベッドの縁に腰掛け、ゆっくり頭を撫でてくる。その温もりに、ゆるゆると息を吐いた。暖かい。


「今日は、……寒いな」

「……はい」

「だから……。一緒に、寝かせてもらっても良いか?」

「……っ、……っ」


声を出せずに何度も頷く。微かに苦笑する気配。良かった。一緒にいられる。
隣に入ってきた先輩に早速抱き付く。胸元に顔を擦り寄せれば困ったように笑って頭を撫でられた。けど、何かまだ雰囲気がぎこちない。

それでも良いから傍にいてもらおう。一瞬そう思った。だけどこのままモヤモヤしたままでいてはきっとまた気が可笑しくなる。苦しくなる。
逃げ腰になりそうな考えを振り払い、撫でる手の甲に指を添え軽く掴む。そうして思い切って問いを吐き出した。


「先輩。さっき俺、寝る前何か……しました?」

「……お前は何もしていないよ」

「本当ですか?何か、先輩出迎えた辺りから記憶曖昧で……迷惑掛けたんじゃって。気が付いたら布団の中でしたし……」


躊躇ったが正直にそう伝えると先輩は憶えていないのか、と小さく呟く。やっぱり何かしたのではと焦っていると、考えながら黙っていた先輩がホッとしたような溜め息を吐き、ゆっくり頬を撫でてきた。


「迷惑なんか掛けられてない」

「……本当ですか?」

「ああ。寧ろ。俺が気の無い言葉を言ってしまったせいで泣かせて。……悪かった」

「え。……あ」


そうだ。思いっきり泣いてしまったんだった。
今になって漸く自分の醜態を思いだし顔が熱くなる。愚痴って泣いてパニクって慰められて泣き疲れて寝てって。……うわぁぁぁぁあ。この歳であんな泣き喚くとか、情けないどころの話じゃないって言うか。やっぱり迷惑掛けているじゃんって言うか。……ああぁぁぁ。

消え入りたい気持ちで尻すぼみに小さく謝罪する。だから迷惑じゃない、と返されても申し訳無さから穴にでも潜り込みたい気分だ。
……あぁでも。暗いけど先輩がちゃんと俺を見てくれている。優しく撫でてくる手もさっきみたいに恐る恐るな感じじゃない。いつもと同じ。じゃあ、良いか。いつもみたいに接してくれるのなら。それで。

安心したらとろりと眠気が沸いてきた。忍び笑いを聞きつつ微睡みに身を任せていると、なぁ、と呼ばれて薄く目を開く。目の下をすい、となぞった先輩は、穏やかな声で話し出した。


「もっと頼ってくれないか?遠慮なんかせずに」

「……でも」

「良いから。俺にだけは甘えてくれ。そうしてくれた方が、嬉しいよ」


フッと息を吐いた先輩がギュウッと抱き込んできた。驚きに目を開く。と、同時に泣く寸前、先輩に言われた台詞が甦ってきた。


「………ぁつい」


吐息に掠れた声が漏れる。熱があるからだ。風邪で弱っているからだ。顔が熱いのも、頭が可笑しくなりそうなのも、全部そのせいだ。どうして言い訳してんのか分かんないけど、違う。何が違うのか分かんないけど、違う。


何故かさっきまで落ち着くと思っていた匂いと体温が、逆に心拍数を上げていく。熱い。息苦しい。恥ずかしい。急になんだ。
そわそわともどかしい気分になって離れようとしたら腰に固い腕が回って、引き寄せられた。


「こら、どこへ行くんだ」

「ぅ、あ」


頭ぐるぐるする。くらくらする。
必要だ、と見詰められた事。泣いている間ずっと抱き締めてくれた事。甘えろ、と囁かれた事。大切にされているのが分かって嬉しい。凄く嬉しい、けど。苦しくて死にそう。

あぁ、そうか。嬉し過ぎてキャパオーバーしてんのか、とどこか冷静な部分が告げる。脳が処理しきれないってどんだけ喜んでんだ自分。と突っ込みを入れている間にも心音と熱が上がっていく。目を閉じ先輩の胸に顔を隠して深呼吸。肺に溜まる先輩の匂いに余計くらくらして、落ち着かない熱に遂には気を失うように眠りに落ちた。



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