▽決壊と自覚症状





「ありえないありえないありえないーっ。バカじゃないの。てかバカでしょ愚かでしょなんなのあの人ら」

「落ち着け」

「落ち着けるか!ざっけんなバカー!」


被っていた猫を剥ぎ取り捨てた友人が机を蹴って吠える。人の去った生徒会室に俺と二人だけとはいえ自室以外でここまで激昂する姿は珍しい。全ては先程までいた副会長達の言が原因なのだが。


「こんの状況で転入生補佐に入れたいってなんなの?よーやくちみっとだけだけど落ち着いたってのにまた叩く要素増やしてなにする気?もう大人しくしててよ。てか仕事多過ぎて手が足りないでしょ?ってダレのせいじゃハゲー!」


重い音を立て重厚な机が揺れる。壊れはしないだろうがいい加減五月蝿いと止めた。舌打ちをした友人がねめつけてくるのを無視し、数日後に控えた行事の計画書をなぞる。


「一先ず諦めさせたしこっちの意見も飲んだんだ。もうそれで良いだろう」

「メッチャ嫌そーだったけどねあのプライドだけのお坊ちゃんどもは。……ハンッ。へーへー。分かりましたよー」


友人は煩わしそうに髪を掻き上げ鼻を鳴らす。方々と話し合い計画立てたそれを如何に承諾させるか考えあぐねていたが、存外すんなり副会長達は首を縦に振った。友人が笑顔で散々に扱き下ろしたのか効いたのだろう。まあ他人の糾弾が要因であったとしても、振り返り内省するだけの頭があった事に多少安堵する。迷い事はこれっきりだと思いたいが、念の為に見張りでも付けようか。

項垂れ出ていった面々を思い起こしながら針で綴じた書面を仕舞った。未だ不明瞭な点があるが全てを明らかにするには学園の体力が持たない。取り敢えずの落とし所を付ける為、彼等にはよくよく働いてもらわねば。


「あーあーもう。この溜まりに溜まったストレス。かわいー後輩と遊んで癒されたいな〜」

「…………」

「ジョーダンだよ。じゃ。吉里くんによろしく。ムチャさせないで早めに帰しなね〜」


悪戯めいた笑み付きの台詞に睨みを寄越せば舌を出した友人は書面を手に退室していく。一人残され溜め息を吐いた俺は痛むこめかみを揉んだ後、手早く帰る支度をして立ち上がった。











「お帰りなさい」

「……ただいま」


自室の扉を開けて直ぐ後輩が出迎えてきた。それはなんの変哲もない日常の事。しかし何か、違和感が。


「……大丈夫か?」

「大丈夫です」


後輩の纏う空気が何処と無く可笑しく、訊ねながら近寄る。どう見ても顔色が悪い。それに、いつもなら苦笑して誤魔化して言うだろう台詞。それが今日はどうした。固い表情と同じく強張った声色で早口に言い、こちらが反応するより早く逃げるように奥へ引っ込もうとする。
咄嗟に腕を掴むと布地越しにも伝わる程熱を持っている事に気付いた。眉を寄せ大丈夫じゃないだろう、と咎めると向けられた背が僅か強張る。それに溜め息を吐きながらこちらを向かせれば後輩は視線を合わさないまま笑顔を作って見せてきた。


「大丈夫ですって」

「……いや。今日はもう何もするな。休め」

「休み、ましたよ。十分」

「十分じゃあないだろう。無理してやらなくていい」

「っ、無、理、じゃな、」

「心配しなくても昨日みたいに自分でなんとかできるから。お前がそんなに気を使ってやる必要は……」


話す内、段々と表情が消えていく事に気付いて言葉を止める。顔が先程より青白い。能面の様に感情が抜け落ちた後輩に声を出せないでいると、乾いた唇がはくりと開いた。


「無理じゃ、ない。無理じゃない、です。無茶とか、じゃ、ないです。ないです、から」

「……吉里」

「無理じゃ、無理じゃなか、けん。だけ、ん……」
(「無理じゃ、無理じゃない、から。だか、ら……」)

「おい……?」


虚ろな瞳が見上げてくるが視線は合っているようで合っていない。譫言の様に同じ言葉を繰り返す後輩に、いよいよ様子が可笑しいと肩を掴んだ。それでも後輩は首を横に振りながら口を戦慄かせる。


「だい、じょぶ、だけ、んっ。……っ、」
(「だい、じょぶ、だか、らっ。……っ、」)

「吉里」

「……っせん、ぱいまで、おらんごっなったら、っ。お、れっ、どぎゃんすっとよかっ、」
(「……っせん、ぱいまで、いなくなったら、っ。お、れっ、どうすればいい、」)

「吉里!」

「っ」


手に力を込め強く名前を呼ぶ。ハッとした様子でこちらを見た後輩は、口を押さえて俯いた。その顔を上げさせ泳ぐ視線を捉える。触れた箇所が熱い。早く休ませなければと思うがそれよりも先に今、訊かなければならない気がして何があったのかと問う。嫌がり抵抗するのを逃がさず根気良く待てば、諦めたように力を抜いた後輩は細切れに言葉を紡ぎだした。



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