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トン、と開いたメモをペンで突いて昨日の話を思い返す。面々の顔を見回し、それから皆瀬君に視線を合わせた。


「確か副会長が何か計画しているというお話でしたが」

「ああ、そうなんだ。詳しくはちゃんと決まったら教えるって言われててまだよく分かんないんだけどー……取り敢えず先ずは生徒会長と会わせるって言われてた」

「会長と?」


パチパチと瞬いて首を傾げる。まさかここで先輩の名前が飛び出すとは思わなかった。いや、生徒会なんだからそんな可笑しい訳じゃないけど。


「会って何すんだろうな」

「……謝るとか?」

「謝るって、何を」

「何って……学園を騒がせた、事?」

「お前はなんもしてねーだろ」

「……そーだけどさぁ〜。じゃあ何だよー」

「お見合い」

「「それは無い」」


東雲君と山本君の揃った突っ込みに幾島君がブーイングを飛ばす。あぁ早くもまた脱線しそうだ。
遠い目をしそうになっていると、果敢にも流れを変えようと皆瀬君が、ところでさ、と声を上げる。しかし特に話題が浮かばなかったのかそのまま固まってしまった。その間に幾島君が話を再開しようとして、皆瀬君は慌てた様子で話し出した。


「あー、あ。そうだ、あのさっ。会長って、どんな奴?」

「どんな奴って」

「いやぁ、実は遠目で見たくらいなんだよな。だから会うの緊張するなってさぁ」

「あー、なんか怖いっつってたっけか」

「こ、怖くねぇよ!」


山本君が納得した顔で溢した言葉に皆瀬君が反論する。怖い、か。東雲君も前そう言っていたな。そんなに緊張するものかなあ。……確かに無表情で黙っていたら凄みがあるか。でも。


「良い人ですよ」

「え?」

「だから怖くないですし、そんなに緊張せずにお話しされると良いと思います」


やっぱり怖い人だと思われるのは嫌だという思いから口を動かす。ね、と。大丈夫だと安心してもらおう為笑い掛けたのだけど。皆瀬君はポカンとした顔をして。伝わらなかったかと更に言葉を連ねようとしたところで首を傾げた山本君が口を開いた。


「吉里は会長と知り合いなのか?」

「え。……あ、いや。仕事柄ちょっとお見掛けする程度なんですけど」


言われた台詞にハッとして手を振る。しまった。ただの平凡な平風紀委員が生徒会長の人となりなんてそう知る訳無い。ポカンとされた理由はこれか。
たまに特別棟で誰かと話し合っているのや書類運びの時仕事の様子等を見て何と無く、と。当たり障り無い例を上げて理由にする。……ぼんやり過ぎるねこれ。
理由の曖昧さに反してあまりにも確信的に言い切ってしまった言葉へ後悔が募る。突っ込んで聞かれたらどうしよう、と冷や汗を流していると、皆瀬君がぎこちない様子で訊ねてきた。


「吉里的に、会長って結構良い印象なんだ?」

「あ……そう、ですね。凄い人だと思いますし、しっかりされてますし。ちょっと憧れてたりしますよ」

「そ、そうなんだ……」


助け船だとばかりに話に飛び乗る。うん、と力強く頷いてついでに良い印象を強調してみた。憧れからの贔屓目だとかで納得してもらえないだろうか。いやそれだと結局怖い人だという印象は消えないか?
悩んだが今は誤魔化す事を優先する。笑顔のまま恐々と反応を待っていると、何故か皆瀬君はショックを受けたような顔で背を曲げた。疑問符を浮かべて名前を呼ぼうとするが、気にすんな、と山本君に止められる。いや、気になるよ。
けれど東雲君にも無言で首を横に振られるし。幾島君はまた何か暴走し掛けたのか山本君に足を踏みつけられて悶絶しているし。よく分からないけれど話を蒸し返すと主に幾島君が面倒そうな予感がして口を閉じる。そうして代わりに東雲君が皆瀬君に声を掛けた。


「何するか分かってないのなら会長の事は置いといて。他に何か変わった事は?」

「ほら、落ち込んでんな。何かあるか?」

「うっ。あ、あぁ、そうだなぁ……昨日祥守達が殆ど話したんだろ?じゃあ特に無い?かなぁ」

「そうですか……。では取り敢えず今はその副会長のお話で動きがあるのを待つしかありませんかね」


ふむ、と頷いてそう締め括る。と、腕を組んだ東雲君が目を眇めて口を開いた。


「まぁ期待っつーか警戒くらいの気持ちで、な」

「そうだな」

「そこまで信用無いんだー……」

「有る訳ねぇだろ」

「えー……」


山本君の睨みに皆瀬君が苦く笑う。皆瀬君からしてみれば友達を信じたいんだろうけど……うん。流石に一時でも向こう見ずに学園を荒れさせた原因達を諸手を上げて信用するのは、無理だ。
内心謝って悄気る皆瀬君から視線を外した。


一息付き、昼休みも残り少ないとメモを閉じて終わったと机に凭れだした三人を急かして立たせる。風紀が授業遅刻の原因になっては面目が立たない。東雲君が、疲れた、めんどくさい、等とダレる山本君と幾島君を引き摺って行く後に続いて教室を出ようとすると、残っていた皆瀬君が声を掛けてきた。


「あ、あのさ!」

「はい、どうしましたか?」

「あの、あのな……っ。俺ともっ。あ、アドレス、こうかん……」

「あぁ、……はい。そうですね」


後半は尻すぼみであまり聞こえなかったがケータイを手にしている事から何を言いたいか察した。正直迷ったが、知っておいた方が何かあった時役に立つだろうとポケットに手を突っ込む。お互いの連絡先を交換し終えると皆瀬君はとても嬉しそうに笑った。それを微笑ましく見ながら、不意に思い出した事に声を潜めて訊ねる。


「……山本君とはその後どうですか?」

「へ、ぇ!?」


さっきまでの二人の様子とこの反応から進展は無いのだろうと思いつつ好奇心は沸き上がる。別に絹山先輩や幾島君みたいに妄想とか口出しとかはするつもり無いけど、ちょっとだけ野次馬根性はあったり。


「俺、応援してますから」

「あ、あぁ、ありがと……」


グッと拳を握ってそう言えば、皆瀬君は引き攣った笑顔で後退した。ついで小声でどーするよ俺っ、と呟いているのが聞こえてくる。逆にプレッシャーを与えてしまっただろうか。
あまりに気軽過ぎたと反省し、震える背中に手を置く。そしてふと窓の方へ顔を向け、一瞬、見えた陰に息を止めた。


「吉里?どうかした?」

「……すみません。ちょっと用ができたので先に行きますね」

「え?」


不思議そうな皆瀬君を置いてベランダ側の扉から外に出る。雨の中走る小さな傘を見付け、駆け出した。


石畳を跳ねる雨を蹴って目の前の人物を追う。相手の足はそんなに速くなく、距離は直ぐに縮んだ。それに気付いたのか拒絶するよう揺れる傘に、俺は必死で声を上げる。


「まって、待ってください!」

「……、………っ」

「葵君!」

「…………!」


何とか掴んだ腕を引き、ゼエゼエと上がった息を整えようとして咳き込む。お互い漏れる乱れた呼吸を少しの間落ち着かせ、そして恐る恐る傘の中を覗き込むと、暗い顔をした葵君がこちらを見ないまま口を開いた。



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