雨の日

一限終了後の休み時間。朝から降る雨のせいで籠って聞こえるざわめきをBGMに、頬を膨らませる小さな友人に困りながら頭を撫でて謝罪する。


「ごめんなさい」

「むー……」

「だから拗ねんなっつーの。しかたねーだろ?仕事なんだから。悠真も謝んなくていーって」


昨日病み上がり直ぐ登校して来た事にも心配の末不機嫌な態度を取られたが、今はまた一段と目が据わっている。
昼休みはいつもなら葵君達と昼食を食べる時間。けれど今日は皆瀬君から話を聞かせてもらえるよう、山本君達にお願いをしている。東雲君にはキツかったら来るな、なんて言われたけれど乗り掛かった船には最後まで付き合いたい。
そんな会合についてはこれまでの葵君の反応に含め、風紀としての守秘義務もあるからと誰と会うかは伝えないまま今日は仕事で一緒に食べられない、と謝って数分。葵君は俺の顔を覗き込んだり手を握ってきたりと忙しい。その間眉は寄せられたまま。
いつもなら仕事だと言うと残念そうにしながらも納得してくれるのに、どうしたのだろう。どこで、誰と、どんな仕事を、と訊いてきて、答えられないと返すと顔を顰めてしまう。弱って怜司君を見るとこちらも困惑した様子で見下ろしてきた。休み時間も残り少ない。怜司君にも協力してもらって無理矢理でも納得してもらわねば、と意気込んだところでクイッと手を引っ張られた。


「……カゼ、ほんとにもう大丈夫なの?」

「え?あ、はい。もう平気ですよ」

「ねつは?」

「無いです…………たぶん」

「たぶん?」


あ、ヤベ。葵君と一緒に怜司君の視線も鋭くなった。
ボソッと付け加えた余計な一言をバッチリ拾ったらしい怜司君が怖い顔で見下ろしてくる。折角今までフォローに回ってくれていたのにこれで敵に回られたら拙い。
無いですって、と笑って手を振る。が、誤魔化しは通用しないとばかりに睨まれる。増えた責める眼差しに体を傾げて耐える、けど段々辛くなってきて机に突っ伏し掛けたところで葵君が口を尖らせたまま質問を重ねてきた。


「お仕事するの、キツくない?」

「お話するだけですから。何ともないです」

「危なくない?」

「別に変な人が相手じゃないですよ?」


あまりにも神妙な顔で聞いてくるものだからちょっと吹き出す。そのままクスクスと笑っていたら葵君の肩から力が抜けた。その様子に、あぁ心配されていたのだな、と気付く。もう一度大丈夫だと繰り返しサラサラの髪を撫でる。暫くして漸く安心したらしい葵君がほっと笑って、俺も笑い返した。


「……わかった。でもキツくなったり、危ない人だったりしたらすぐ帰ってきてね」

「はい」

「ぜったいだよ?とくに……」

「……葵君?」


俺の両手を握って言い聞かせるよう動いていた唇が開いたまま止まる。首を傾げれば葵君は視線を下に落とした後口をギュッと閉じ、何でもないと苦笑した。続く言葉は、予想できた。でもそれを聞き返す事無くただそうですか、と頷いて流す。
怜司君はまだ心配そうな顔をしていたけどチャイムが鳴った事で葵君を促し席に着いていった。離れていく背中を見ながらごめんなさい、と目を閉じる。そして入ってきた先生の声に従い黒板へと顔を向けた。











「ごめん!遅くなった!」

「いえ、時間丁度ですよ」

「もー、傘見付かんなくてさぁ」

「そういう事は言わんで良い」


朝からの雨が本格的になってきた昼休み。指定の教室にやってきた三人を東雲君と迎え入れる。先頭の人物を見た瞬間、後ろめたさに胸の詰まる感覚がしたが表に出ぬよう笑顔を貼り付けた。


「態々時間を取らせてすみません」

「い、いや、こちらこそっ。吉里風邪引いてんのに……ごめん、無理してるよな。大丈夫、か?」

「いいえ、無理なんか。大丈夫ですよ」


心配そうに顔色を窺ってくる皆瀬君の様子に、自然な笑みが浮かんだ。できるだけ簡潔に話す、と意気込む皆瀬君の表情には気遣いや思いやりだけが込められている。葵君の事を思うとどうしても気が重くなるがやっぱり皆瀬君は良い人だ。だから、誤解を早く解いて状況を変えなければ。

葵君への罪悪感を押し込め、心配に対するお礼を言う。照れたように頭を掻いて口隠る皆瀬君に小さく笑えば益々照れたのか頬が赤くなった。それを見た幾島君が目を見開いた後山本君に何か耳打ちする。瞬間、幾島君の脇腹に肘鉄が炸裂した。何事か。
驚いていると皆瀬君がハッとした顔で違う!と二人の方へ突っ込んでいく。だからどうしたし。

声を掛けても止まらないで喋る三人に困っていると、それまで黙りだった東雲君が動いた。揉みくちゃになっていた皆瀬君と幾島君の襟首を掴み近くの椅子に押し込む。そして腕を組んで静観していた山本君へ時間が無いから早く済ませるぞ、と同じ様に座るよう促して元の席に着いた。色々不服そうな二人を見た山本君が溜め息を吐いて座るのを確認し、俺も席に着く。そうして話し合いが始まった。


「先ず。さっき言っていた傘が無いっていうのは?」

「あ。あぁ、大丈夫。盗難とか破損とかじゃないよ」

「……今悪戯対策で教室に傘も靴も避難させてんだけどな。クラスのヤツらが木を隠すなら森の中だ、だか面白がって似たようなの纏めていっしょくたに置きやがって」

「ドレがダレだかもーわっけ分かんねーの」

「傘とか靴に名前書くとか小学校以来だよ……」


何だ。クラスメイトとは和解できているのか。びっくりしてメモの手を止め三人を見る。その中で目の合った皆瀬君が頬を掻きながら説明してくれた。


「……祥守が色々掛け合ってくれたお陰で、さ。最近ちょっとずつだけど普通に話せるようになってきたんだ」

「別に俺は何もしてねーよ。頑張ったのはお前だろ」

「そんな事無い!すげぇ感謝してる……」

「……あーそー」


山本君がフイッと顔を逸らす。照れている様子を微笑ましく思いつつ、皆瀬君良かったな、と安心していると端で幾島君が不機嫌そうな顔をしている事に気付いた。その幾島君がボソッと呟いた事に皆瀬君が顔を赤くして振り返る。
祥守とも吉里ともそんなんじゃない!と主張する皆瀬君と本当に?とからかい口調で睨む幾島君。ついでに巻き込むな、と呆れる山本君。俺の名前も出たけどまぁ、また絹山先輩みたいに妄想の出汁にされているんだろうなぁと当たりをつけ、関わらないようにして眺める。山本君の言うよう巻き込まれたくはない。しかし、何だか以前其々から話を聞いた時より場が賑やかな気がする。


「……あいつらよく喋るな」

「三人一緒で安心しているんでしょう。そういえば揃ってお会いするのは初めてですね」

「揃うといっそう姦しいな」

「かしましいって何さ。そんなに騒いで無いじゃん」

「つか男しかいねぇんだけど姦しいって使えんの」

「別に関係無いんじゃないのか?」

「……マジウルセェ」

「あはは……」


そういえば男三人だと何て言うの?と目を煌めかせた幾島君の額に山本君の掌が飛ぶ。仲が良いのは良い事なのだがいい加減収拾がつかない。手を叩いて注意を引き落ち着かせる事で漸く本題に入る事になった。



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