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「……だる」
喉の乾きにもそっと起き上がると時刻は夕方を過ぎ。結構寝ていたなと水分を取ってついでに小さなおにぎりを口にした。そうしてまた横になろうとした時、ケータイがチカチカ光っているのに気付く。開けば着信とメールが数件届いていた。
着信もメールもほぼ同じ相手から。古い方から見ていくと葵君と怜司君、藤澤君から無事帰られたか。ちゃんと寝ているか。という安否確認や授業の連絡等がズラリ。あちゃー、と眉を下げながらも口は勝手に緩む。心配されるのは心苦しい物があるけれど嬉しくも思ってしまう。
気遣いを有り難く感じつつ順に返し読み進めていくと東雲君からもメールが着ていた。明日の仕事は休みで良いという連絡と、だから言ったのに、と怒った内容。読む内に昨日の顰め面を思い出して申し訳無くなる。寧ろ俺が悪い、と言う事を聞かなかった事に対する謝罪を返信してから最後の人物を確認する。名前欄を見た瞬間思わず、あ、と小さな声が漏れた。
「先輩だ」
予想に違わず俺を心配する文面が開かれ苦笑した。メールで滅多にやり取りしない相手にこんな感じで気掛けてもらうのは、心配掛けておいて失礼だがやはり嬉しく擽ったい気分になる。
何度かその文を読み直した後先輩にメールを返す。まだ仕事中だろうと思いながらまた寝直そうと寝転がると、突然ケータイが鳴って飛び起きた。返信早っと見てみれば電話の着信画面。驚きながら通話を押し、ケータイを耳に押し当てた。
「もしもし。……先輩?」
『……あぁ。すまん、つい。……電話は大丈夫か?』
「大丈夫ですよ。……今日は急にすみません。風邪引いちゃったみたいで」
『いや、寧ろ俺の方が気付かなくて悪かった』
いやいやそんな先輩のせいじゃないのに。どう考えても自己管理失敗しただけだし。俺が平気な気分でいただけだし。
気落ちしたような声に焦りアワアワと言葉を重ねる。しかしそれでも昨日もっとよく確かめるべきだったと謝られて、昨日無理矢理誤魔化した事を段々と後悔してきた。どちらかというと俺が先輩を騙したみたいな感じだよな、と罪悪感的なものまで沸き上がりながら話の軌道修正を図る。
「その、しっかり寝て休めば直ぐ治るらしいんで、そんなに心配しなくて大丈夫ですので……っ」
『……そうか。じゃあ、今日はゆっくり休んでくれ』
穏やかな声が耳元で発せられるのを聞きながらほうっと息を吐き脱力する。つい喜んでしまったけど、先輩を含め皆に心配を掛けるのは良くない。いくら頭が回ってなかったからってその認識が薄くなっていた事に呆れる。反省し直して返事をし、先輩の言葉を聞いた。
「誰か看てくれる奴はいるのか」
「いえ?ただ寝るだけですのでそんな誰かの世話を受けるほどではないですし」
「…………」
「先輩?どうかしましたか?」
「……いや、改めて歯痒く思っただけだ」
歯痒い?と首を傾げる。何がと問うと何でもないと返され疑問だけが残される。気にはなったがあまり長くなると辛いだろうから、と言って話を切り上げられた。
『明日も一日無理せず寝ておけよ』
「はい。先輩も無理しちゃ駄目ですよ。ちゃんとご飯も食べなきゃいけませんからね」
『……俺の事は気にしなくて良いから。……それから』
「?はい」
『これからは、頼むから体が辛い時はちゃんと言ってくれ』
「……はい、ごめんなさい」
吐き出すように言われた言葉が胸にじんわりしみる心地がして何故だか泣きたくなってきた。名残惜しくも切れたケータイを見直すと、またメールが数件。どれにも変わらず俺を気遣う言葉ばかり。目を擦ってお礼を返信した。
返事を寝転がりながら読み、瞼を閉じる。もう鳴らなくなったケータイを片手にシンとした自室で一人きり。
「……なんか、寂しか、ね」
(「……なんか、寂しい、な」)
メールや電話の余韻が後を引くのか、一人だけの空間が嫌に心寒い。伸ばした手足に触れるシーツの冷たさが気持ち良くもあり物悲しくもあり。……とっとと治して、皆や先輩に会って、謝ったり喋ったりしよう。
綿毛布を被ってそう独り言ちる。徐々に温まる布団にウトウトしていると不意に先輩の声が耳によみがえってきた。
「……お詫びに、今日の分割り増しで、美味しかもん作らにゃんね、」
(「……お詫びに、今日の分割り増しで、美味しいもの作らなきゃな」)
何が歯痒いと思われたのかよく分からなかったけど、なんか引っ掛かりを覚えられたんなら話を聞きたい。いや、何でも良いからもっと声を聞きたい。っていうか会いたい。頭撫でられたい。抱き付きたい。
続々出てきた欲求の多さに本当に今俺弱ってんだなぁ、と風邪の自覚が深まりつつ、今度は何を作ろうかと思いを馳せる。その内いつの間にか眠りについていた。
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