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白いカーテンがはためく傍ら体温計の水銀が示す数値を読み上げた先生が困ったように溜め息を吐く。マジですかー、と溢すと、マジですよー、と返してきた先生はサラサラとバインダーに何か書き込んだ。


クラクラする意識を引き留め、どうにか最後の教科の最後の問題を解き終わった。途端プッツリ糸が切れたように机へ突っ伏した俺は、試験監督の先生に声を掛けられ巡回中の先生付き添いの元この保健室へ連れられ今に至る。試験を最後まで受けられたのは良いけれど、途中退席に減点とかあったっけ。
不安に思いつつ喉奥を視られたり聴診器を当てられたりした結果出された病名は『風邪』。分かってはいたけどまだ暫くは知らん振りをしていたかったな。


「疲労が随分溜まっているみたいだね。引き始めみたいだし、大事を取って今日はもう寮に戻って寝てなさい」

「え……。でも、まだ後一時間だけ、授業がありますし」

「うーん……。ちょっと無理じゃないかなぁ」


どうせ明日は休みだから最後まで出たい。この後は今度あるスポーツ大会についての最終確認や練習があるのだ。見学でも良いから参加したい。クシャミや咳は出ないから誰かに移る事は無いと思うし。まぁ念の為マスクは貰いたいけど。
少しでもクラスの話に加わりたくてそう言ったが、先生は腕を組んで唸ってしまった。


「今キミ気力だけで踏んばってる状態みたいだからねぇ。体調可笑しくても気のせいとか思うようにしてたでしょう」

「……う」

「でももう風邪って意識しちゃったからねー。一気にキツくなるんじゃないかなぁ」

「そ、んな事は……」

「じゃあ試しに立ってごらん?」


促され膝に手をつき椅子から立ち上がる。が、力が抜けて座り直す。上体がグラグラと揺れて気持ちが悪い。気合いを入れ直せばどうにかならなくもないけど、そこまでしないといけないのは辛い。
口元を押さえて項垂れていると、ほら、と呆れた声が落とされる。ギュッと目を閉じユルユルと深呼吸してから、分かりました、とだけ返して座り直した。
頷いた先生は担任や風紀顧問に連絡すると言って電話に立つ。あぁ、今日仕事は休みな筈だけど連絡はしなくちゃいけないのか。そうだよな……。
ぼんやり考えながら窓越しの分厚い雲を眺めていると、程無くして先生が戻ってきた。


「友達が荷物持ってきてくれるみたいだけど、その間そこのベッドで寝ておく?」

「……いえ、止めておきます」


横になったら動けなくなる気がする。言われた通り、ドッと疲れが増した感じがしてキィと鳴る椅子に体重を預けた。そうして待つ間先生の話す療養法を聞く。漢方等を飲んでみるかとの問いに頷き掛けたところで、保健室の扉が高く打ち鳴らされた。


「ゆーまっ」

「大丈夫か?」


入室の許可を得る前に保健室に飛び込むよう入ってきた二人を驚きながら迎え入れる。先生が静かに、と注意を飛ばしたが焦った様子の二人は小走りに近寄ってきた。


「熱あるの?キツイ?」

「あー……ちょっとだけ。大丈夫ですよ」

「歩けるか?おんぶしてやろうか」

「ううん、歩けるから大丈夫ですって」

「そんな顔してウソついちゃダメっ」

「遠慮すんなって。ほら、乗った乗った」


目の前でしゃがみ背中を差し出す怜司君と真剣な表情で袖を引く葵君。二人の剣幕に押されオロオロしていると、後ろでブハッと吹き出す音がした。振り返れば先生が顔を手で覆い横を向いて震えている。何か、笑われている。
キョトンとしていた二人も笑われた事が恥ずかしかったのか大人しくなり、本当に大丈夫かともう一度聞いてから落ち着いて荷物を渡してくれた。


「せんせー。ゆーま、ホントに大丈夫ですか?」

「そうだねぇ。引き始めくらいだからちゃんと休めば直ぐ治るよ」

「ホントですか?」

「うん。ほんとほんと。ただ疲れが溜まりすぎっぽいから無理したら分からないけどね。まぁ、風紀やってたら多少無理しちゃうの今は仕方ないかもしれないけど」

「…………」


簡単な連絡事項を怜司君から聞いていると隣で葵君が先生に質問をし始めた。まぁ、無理したい訳じゃ無いけどしないと後が大変だし……。
遠回しに釘を刺してくる先生の視線から逃げるよう顔を背けると、急に背中へ重みが掛けられた。


「葵君?」

「ゆーま」

「うん?」

「ムリしちゃ、ダメだからね」

「……うん、気を付けます」

「絶対だからね」


言いながら差し出された小指に自分のを絡め上下に振る。指を見つめて伏せられた顔に表情は見えないけれど神妙な雰囲気が伝わってきて、思った以上に心配させてしまったのだと反省する。今日も色々やりたい事はあったが諦めて忠告通り大人しく寝る事にしよう。
心配して離れたがらない二人をそろそろ鐘の鳴る時間だからと教室に帰し鞄を持ち上げる。お大事に、と手を振る先生へお礼とお辞儀を返して静かな廊下へ踏み出した。


そうしてどうにかこうにか部屋に辿り着いてから、そのまま倒れこみそうになるのをなんとか耐え服を着替える。もたもたと寝る準備をし、ふと思い付いてケータイを手に持った。
先輩へ今日は体調不良の為行けないという連絡に俺がいなくても食事は取るようにという注意書を添えてメールを送る。そうしてほぅっと息を吐いてから布団に潜り込んだ。



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