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いきり立っていた気持ちが萎み、知らず浮いていた腰がソファに沈む。あぁ、なんか空回りしてばっかりだ。
こんな俺に情報を与えてくれたのは、たぶんさっきまでの俺の状態を分かった上で暴走しないよう釘を刺す為だったんだろう。頭を撫でながら親衛隊の事は未だ話さないようにと言い聞かされ頷き応える。ちょっと、暫くまともに受け答えできそうにない。
口を引き結んで黙り込んだ俺の頭をポンと叩いた先輩は穏やかに話し掛けてきた。


「なぁ、吉里」

「……はい」

「確かに今はお前にしてもらう事は無い。が、そうやって何かしようとしてくれるのは、嬉しいよ」

「…………」

「心配してくれてありがとう」


柔らかな声に息苦しくなり先輩の肩へ顔を押し付ける。深く溜め息を吐いてシャツの裾を掴むと襟足をスルスルと撫でられて擽ったかった。そうしてじっとしていると大丈夫かと訊ねられ小さく返事をする。身動ぐと体を離されそうになり、つい掴んだ手に力を込めた。


「……もうちょっと、こうしてて良いですか」

「どうぞ」


クスリと笑った先輩に肩を抱き寄せられる。しっかりと抱き留める体に安心して体重を預ければクツクツと笑う振動が伝わってきた。


「随分とグッタリしているな」

「……充電切れです」

「全く。お前は充電した端から使い切る」

「あー……」


溜め息混じりの物言いに言い返せず言葉を濁す。朝一番にもしてもらったのにもうこの体たらく。そりゃ呆れもするだろうけど……一日で色々あったんですよ。分かんない事いっぱい考え過ぎて燃費悪いんですよ。
ボソボソと言い訳を呟くとへぇ、と気の無い返事。それにムッとして顔を上げた。


「ちょっと……たぶん、充電が足りなかったりもしたんです」

「あぁ、じゃあ仕方無いな。……それじゃあしっかり充電してもらわないと」

「は、い?」


ただの八つ当たりなのにそう言って体を離した先輩をキョトンと見上げる。と、口の端を上げた先輩は長い腕を俺の背中に回してきた。そしてギュウッと力を込めて抱き締められる。不意打ちにグェッと呻くとクスクスと笑い声が耳を擽った。


「せ、せんぱいぃ……」

「どうした?」


苦しいと訴えても愉快そうにされるだけで離してもらえない。足りないとか言ったのは俺だけどさ。だからって潰れそうな程力を入れられるのは違うと思う。


呻く俺を一頻り楽しんだ様子の先輩が漸く腕の力を抜いてくれて深呼吸をする。睨むとまたニヤリと可笑しげに笑われたが、まぁ元気付けようとしてけれているんだよな。現にさっきまでの陰鬱とした気分はどっか行ったし。
ふう、と溜め息を吐いて座り直す。何か最近、先輩には迷惑掛けた上で更に励ましてもらってばかりな気がする。色々してもらい過ぎじゃないかな俺。


「先輩」

「うん?」

「騒動とかの事は別にして、俺が先輩にしてあげられる事って何かありませんか」

「いつも帰りを出迎えて、一緒に飯を食ってくれてるだろ」

「……それ、役に立ってます?」

「かなり」

「えー?」


してもらっている事に対するお返しにしてはあまりにも細やか過ぎじゃないだろうか。でも本当に満足そうな顔で言われて口を噤む。手伝いとか何か支えたりとかそういうのができたらと思ったんだけど、それで良いのか。
て言うか飯を作る、というより出迎えたりとか食べたりが先輩的にメインなのか?それはどちらかと言うと俺がやりたいようにやっているだけだし……。
後は充電も、と付け加えられて益々俺の方が得をしている気がしたのだが。腕を広げ笑って待ち構える姿に吹き出してなんかどうでも良くなり取り敢えず抱き付いてみた。











『たまには兄ちゃんから掛けてくれたりせんと?』
(『たまには兄ちゃんから掛けてくれたりしないの?』)

「……女子校にそぎゃん気軽に掛けらるんね」
(「……女子校にそんな気軽に掛けられるもんか」)

『えぇ?しきらん?』
(『えぇ?できないの?』)

「うん。ちょっと無理」

「そっかー」


残念そうな声がケータイのスピーカー越しに耳へ響く。汗を流して教科書を開いて勉強、の途中また転た寝していた俺に掛かってきた電話。前回の連絡から日が経ち、元気かどうか気になった妹が心配げに俺の状況を聞こうと掛けてきたのだ。
つい愚痴りそうになる口を笑顔に曲げて大丈夫だと繰り返し、代わりに妹の近況を訊ねる。授業やテストの話は漫ろに返してきたが友人の話になると次第に夢中になり相槌を打てば嬉しそうに語りだした。


『そっでね、今度お休みの日に明日香ちゃんとか、友達と外まで遊び行こーて話ばしよると』
(『それでね、今度お休みの日に明日香ちゃんとか、友達と外まで遊びに行こーって話をしてるの』)

「ふーん。良かねぇ。気を付けて行かにゃんばい」
(「ふーん。良いねぇ。気を付けて行きなよ」)

『うん。兄ちゃんは……そぎゃんとまだむり?』
(『うん。兄ちゃんは……そういったのまだむり?』)

「今たいーぎゃ忙しかけんまいっときはしきらんどねぇ」
(「今すごーく忙しいから暫くはできないだろうねぇ」)

「そっかー……」


兄ちゃん可哀想、と呟き俺よりもしょんぼりした様子の妹に苦笑してケータイを持ち変える。


「おっだけじゃなくて友達も部活とかで忙しかけん街まで下りっとはなかなか難しかだろけんねー。時間の合わんもん」
(「俺だけじゃなくて友達も部活とかで忙しいから街まで下りるのはなかなか難しいだろうしねー。時間が合わないんだもの」)

『前お話しよった先輩は?』
(『前にお話ししてた先輩は?』)

「そん人こそ今一番忙ししよらすけんねぇ」
(「その人こそ今一番忙しそうにしてるからなぁ」)


それでなくてもそうそう会える人じゃないのだ、本来は。生徒会長だし、人気者だし。一緒にいるところなんて見られたら大変な事になる。だから遊びに行くなんて事はきっとできない。……と言ってしまうとこの妹はまた俺以上に落ち込むだろう。ここは適当に流すか。


『じゃあ、その忙しかとなくなったらいっぱい遊べる?』
(『じゃあ、その忙しいのなくなったらいっぱい遊べる?』)

「そ……」

「?兄ちゃん?」

「……あ、う、うん。そうだね」


流そうと思っていたのに、一瞬思考が止まってしまった。
本来俺なんか関わりすらできない人。それが叶ったのはこの転入生騒動があったから。その騒動が終わったら。学園が平穏になって、誰も彼も元の日常に戻ったら。それでも俺はまた先輩へ会いに行けるのだろうか。
元々激務からの不摂生を注意する為押し掛けたもの。仕事が減れば流石に先輩もそう無茶はしないだろうから見張らなくても良くなる。そしたら、先輩の部屋へ行く理由が無くなるな。
いつかは離れなきゃいけないんだと漠然と考えてはいたけど。その期限をはっきり意識すると胸が軋むように痛んだ。

貼り直した湿布を押さえ、ぼんやり思考が引き摺られ掛けたところで不思議そうな妹の声にギリギリ踏み留まる。折角楽しそうに話していたのにまた心配させてはいけない。
乾いた笑いで誤魔化し、そろそろ時間がくるのでは、と問う。すると慌てた様子で時計を確認し出した。これ幸いにと話を切り上げる事にする。


「なら、はよ寝らなんよ」
(「じゃ、早く寝なよ」)

『んー……。ね、にーちゃん』

「ん?」

『何となくだけどね』

「うん」

『声、可笑しくない?』

「え?」


鼻声?と聞いてくる妹の台詞に喉を押さえる。変、か?


「電話だけんじゃ?」
(「電話だからじゃ?」)

『かなぁ?』

「……今俺風邪とか引けんとばってん」
(「……今俺風邪とか引けないんだけど」)

『そぎゃんこつ言われてもしらんよ』
(『そんなこと言われてもしらないよ』)


風呂の後髪乾かさずに寝掛けていたのがいけなかったのかと冷や汗を垂らす。絹山先輩に風邪引くなと言われたばかりなのに。……妹の気のせいと言う事にしよう。きっと、大丈夫。
兄ちゃんこそちゃんと寝らなんよ、と神妙な声で言う妹に返事をして通話を切る。何度か発声をして喉の調子を確かめるが、よく分からない。取り敢えず念の為うがいをして、今日はもう寝ようと予習途中のノートを閉じた。



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