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「吉里くんは?ストレス発散、何してるの?」

「俺ですかー、ってい゙っ!?……って……ぇ」


訊ね返された問いに思わず真似して首を傾げ掛け、走った痛みに悶絶する。寝違えていたの忘れていた。


「え、どうした?首?」

「はい……昨日寝違えたみたいで……」


いてて、と首を擦りながら動かしていると、そう言えば姿勢変だったよな、と呆れの混ざった心配げな声で東雲君が肩を竦めた。


「ったく。どんな寝相してたんだよ」

「寝相と言いますか、腕枕でと言いますか……」

「ふー……ん?」


首だと目立つよな、なんて思って結局しなかったけどやっぱり湿布貼ろうか。そう他の事を考えながら答えたのがいけなかったのか。特に注意を払わずした発言の数秒後、激しく机を叩く音が鼓膜を揺らした。


「腕枕が何だって!?」

「おわっ!?」

「ゲッ!!」


輝かんばかりの笑顔全開な絹山先輩が机に手をつき身を乗り出している。その瞳の煌めきように、自分が何をやらかしたのか理解して青ざめた。


「ねぇっ!腕枕がどうしたのっ」

「さ、……さぁっ!副委員長の空耳じゃないですかっ?」


うわぁ。失言した俺が言うのもなんだけど、東雲君誤魔化すの下手だな。たぶん動揺しているのと逃げたいのとで頭が回ってないんだろうけど、それにしても酷い。
上手い回避方法を考えようと必死で混乱気味だった頭が一気に冷静になる。そして深呼吸をして視線を巡らし。



「……あっ!もう終業時間ですね!」

「っ、あぁ!本当だな!じゃあこれもう終わったんで俺ら帰りますね!」

「ちょ、ああぁ!」


時計を見て態とらしく驚き荷物を纏めると東雲君も助かったとばかりに鞄をひっ掴んで立ち上がった。そのままダッシュで風紀室を飛び出す。慌てて追い掛けようとした絹山先輩は書類を一山崩してしまったらしい。悲壮な声が扉の奥に消えた。
そうして二人外まで駆け抜けて、念の為近くの林に身を隠して暫し。追ってくる気配が無いのを確認してぜえぜえと息を乱す東雲君に謝りながらその場に腰を下ろした。
萌えに燃えた絹山先輩のしつこさはよく知っていたのに、その萌えとやらに繋がる同性のスキンシップについて口を滑らすとは迂闊だった。ちょっと肩が触れ合ったとかひそひそ話してたとかそれだけで軽く二時間は喋るもんな絹山先輩。

弾む息を整えながら繁み越しに空を見上げていたら木に凭れて俯いていた東雲君が首をこちらに向けてきた。


「はぁ……。……それで?腕枕……って誰にされたんだ?」

「えー……?」

「……心配して聞いてんの俺は」


東雲君も聞くの?と面倒さを全面に表情に浮かべて見返せば東雲君は不服そうに口を尖らせた。心配……って何を?


「んー、……前言ってた先輩だったり?」

「まぁ……はい」

「……あー」


おぉ、すげえドンピシャ。何で分かったんだろう。
不思議に思いながら答えると、東雲君は困った顔をして何度か口を開閉してから恐る恐るといった様子で問いを吐き出した。


「腕枕されて、寝た。だけ?」

「はい」

「何か変な事されてないだろうな」

「ないですよ。そんな」


疑わしそうに眉を顰める東雲君にふと気付く。これはもしや朝の隊長さんみたいな事考えられているとかそんな感じか。……どんだけ先輩疑われなきゃいけないの。
悲しいやら申し訳無いやらで情けない顔になったんだろう。いや大丈夫とは思っていたけどさ、と乾いた笑いを立てながら東雲君は手をひらめかせた。それに溜め息で応えると、でも、と呟いた東雲君は急に姿勢を正して俺の目を真っ直ぐ見てきた。


「……マジさ。どんな関係なんだよ、その先輩と」


関係……?普通に先輩後輩な関係だけど。
そう答えようとして、ガサリと木が大きく揺れる音に二人顔を向ける。


「……あっち、誰かいますね」

「……あぁ」


下校時間もとうに過ぎた特別棟脇の林。そんな所にいる人物。怪しい以外何物でもない。東雲君とチラリ視線を交わした後、二人でひっそり息を潜めて音のした方へ忍び寄った。


日も陰り、鬱蒼と気の生い茂る林は薄暗く不気味だ。ぶっちゃけ人の気配など気のせいにして早く帰りたいけどここで問題が起こっていたら明日の仕事が増える。そんな割りと自分勝手な理由で嫌がる足を前へ進めた。
濡れた落ち葉を踏み締め足音を殺す。少し離れた木の陰に二人の生徒。喧嘩といった雰囲気ではないが悪巧みだったら困るな、と耳をそばだてた。


「……ここ、どこだ」

「……ねぇ。いい加減思い付きで逃げ道決めんの止めね?」

「いやだってお前。あの状況で考えてられっか?」

「寧ろあんな状況だからこそ考えるべきでしょこの方向音痴が!」


迷子かよ!
突っ込み掛けた口を手で塞ぎ留める。別の所に身を潜めている東雲君も近くの木へ振りかぶり掛けていた拳をもう片方の手で止めていた。うん、まぁ二人して馬鹿みたいだけど不審者じゃなくて良かった。でも今逃げてきた、って言っていたよね。
彼等自身は怪しくなくても何か事件はあったのかと気を取り直し声を掛けるべくそちらに歩いて。見えた姿にパチリと目を見開いた。


「山本君と、幾島君?」

「ん?」

「あ」


木に寄り掛かった状態で二人は俺を見てポカンと口を開く。呼んだ名前に驚いて出てきた東雲君は、これは面倒事になったぞ、という顔で口の端を引き攣らせた。



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