周囲の状況

葵君と仲直りした後、いつものように並んで弁当を食べた。その間笑顔で喋り掛けてくれてほっとしたけど、どこか空元気に見えて。それはたぶん時間が解決してくれる筈だと気付かない振りをして授業へ向かう二人を見送った。
まだ引っ掛かりはあるけれど一応は仲直り出来たという事で緊張の解けた午後。朝から続く仕事を片付ける為机に着き、よしっ、と一声気合いを入れた。


「……今日は機嫌、良いみたいだな」

「え?」

「昨日ちゃんと休めたのか?」


急に掛けられた東雲君の声に頭を上げる。横向いた先ではどこかほっとした顔の東雲君が頬杖をついて俺を見ていた。何の事かと考え掛け、昨日の失態を思い出す。あぁ、そう言えばかなり心配してくれていたんだった。朝は朝でまた忙しかったから落ち着いた今訊ねてきたんだろう。気を使わせてしまって申し訳無い。
眉を下げながら返事をしてお礼を言う。照れた様子の東雲君を見返しながら俺は気不味く頬を掻いた。


「そんなに昨日変でした?」

「うん。……まぁ、確かにこの忙しさじゃ仕方ねぇと思うけど」


苦笑し目の前の紙をペンで叩く東雲君。その束は普段より高く積まれている。これでもかなり減った方なのだけれど。嫌そうに目を眇めた東雲君と同じく、俺も閉口して厚みに手を乗せた。


「ごーめーんーねー……」

「わっ!?」


時間内に終わるだろうかと思い悩む俺達に、おどろおどろしい声が被せられる。驚いてそちらを見れば、絹山先輩が悲壮さを露に机に噛り付いていた。


「みんな疲労とか風邪っぴきでつぶれちゃったからって仕事後輩に丸投げなんて先輩失格だ〜……」

「い、いえ、副委員長が悪いわけじゃ」

「書類整理苦手だからって巡回に逃げたやつら捕まえらんなかったし〜……」

「……まあ、副委員長も疲れてんですから仕方無いですよ……」

「ぜったい何人かはサボりだよアレヒドイよ〜」

「あー……」


絹山先輩は机に突っ伏してオイオイと大袈裟な泣き真似をする。通常業務と別に色々とやる事が多いらしく、ここ数日は気を抜くとちょっと情緒不安定気味だ。それでも俺達を気遣うところは相変わらずだと思い口を緩める。


この長期間の激務のせいで体調を崩した委員は少なくなく。残りのメンバーでどうにか回しているが更に忙しい状況に殆どが根を上げていて。ある程度は真面目にやってどこかで手を抜き。それの皺寄せが誰かに行ってその誰かがまたちょっとだけ、と手を抜き。そんな負のスパイラルが発生中。特に書類関連は嫌がる人が多く武道派は交換と言いながら誰かに押し付け外へ出ていく。適材適所、なんて言葉を逃げの台詞にされるのは釈然としないけど、最早どうしようもない。


「二人とも、今日もホントは朝だけだったのにまた出てもらっちゃってるしー。……もう、ホントごめんねぇ」

「いやぁ、もう、ははは」


大抵、仕事の押し付けは先輩から後輩にされるもので。体育会系ノリの年功序列的な圧力に加え、元々先輩達の方が仕事量が多く体調を崩す人も多かったのも相まって断り辛くもあり。そうして増えた書類の山を東雲君と二人で捌いていた。慣れてきたとはいっても量が量。集中して目を通しまくって、昼を過ぎてから漸く終わりの目処が立ったという感じだ。
会話をしながら捲る手を止めずに進めているので沢山あった書類も後少し。嫌だし疲れもしたがそれもそろそろ終わると思えばいっそ清々しい。
未だ訥々と綴られる怨みごとを聞き流しつつ次の書類を手に取ると、伏せた顔を上げた絹山先輩がノロノロとした動作で俺達を見た。


「兎も角。ホント二人にも倒れてほしくないからキツいときはちゃんとゆってね?」

「はい」

「特に吉里くん」

「え?」

「なんだか倒れてもムリして来そうだからねぇ」

「確かに」

「えっ」


染々と言う絹山先輩とうんうん頷く東雲君の顔其々を見比べてみるがどちらも妙に真剣で。無理してでも来そうなのはどちらかというと東雲君の方な気がする、と言ってもお前には負けるとか言われて。
何故か段々イキイキしだした絹山先輩は組んだ手の甲に顎を乗せそれに、と口を動かす。


「もし倒れて電話の声聞けなくなったら吉里くんのファンからクレームくると思うしねー」

「地味に人気ありますからね。愚痴言い易いって」

「たまにご指名されるしー。そういう意味でもいないと困っちゃうよ」

「仕事増やさない為にも倒れんなよ」

「えー……」


愚痴聞きで人気って。そんなファン嬉しくない。て言うかそれはファンとは言わない。
そう言えば当番じゃない日も電話番させられたりしていたな、と思い出し額を押さえる。マジで嬉しくねぇ、と嘆く俺にちゃんと休めだの無理するなだの次々と言葉が掛けられる。二人係りで言われて逆に挫けそうになりながら俺より仕事沢山している人に言われなくないと反論した。


「お二人こそちゃんと休めてるんですか?ストレス発散とか」

「休んでる休んでる。んで録りだめたアニメ見たり嫁に癒されてる」

「僕はマンガ読んだりとかネット見たりとか仲間と語り合ったりとかとことん萌え補きゅ、」

「そうですか」


あんまり詳しく聞いちゃいけない。何か本能がそう告げていた。
そろそろ新しいフィギュアのお迎えが、とか言っている東雲君もアレだけど、それよりも早口で喋りだした絹山先輩の話だけには捕まりたくない。さっさと別の話題を振ろうと笑顔の下慌てて思考を巡らせていると、割りとアッサリ羅列を止めた絹山先輩が小首を傾げて俺を見た。



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