仲直り

ケータイの画面をジッと見詰める。時間を確認しようと開いた待受画面には、新着メールアイコン。それを開こうと指を浮かせたまま熟考してどれくらい経っただろう。フラフラとさ迷う指先に軽く唇を噛んでいると、フッと視界に影が差した。


「どうしたんだ?」

「おわっ!」


突然掛けられた声に体が大袈裟に跳ねる。俺も驚いたが声を掛けた先輩も肩に手を置いた状態で固まってしまった。


「す、すみません!ちょっと、考え事を……」

「あぁ、いや、そうか。……しかしあまりゆっくりしていると遅刻するぞ」

「うおあっ!」


朝食後、帰る前の一休み。学校の準備もあるし、人目も考えるなら早く帰らなければならない状況。先輩の忠告に返事をし、慌ててケータイへ目を戻す。
弾みで押したボタン。開かれたメールの宛先は、望んでいた相手。唾を飲み込み、恐る恐る内容を読む。


『昨日はごめんなさい
ぼくもちゃんと会ってお話したいです
お昼、いつも通りに行きます』


ズリッと背凭れを滑り落ちる。文面を何度も目でなぞり、ゆるゆると息を吐いた。
良かった。メール読んでもらえていた。
良かった。会いたいって、言ってくれた。
良かった、けど。

ぼうっと顔を上げた先、先輩と目が合う。心配そうな表情に、口が勝手に動いた。


「……先輩」

「うん?」

「ちょっと一回、ギュッてしてもらって良いですか」


唐突な発言に先輩はキョトンと瞬く。妙な頼み事だとは分かっている。男が何言ってんだ、と気持ち悪がられるだろうとも。でも。それでも今は、撤回する気は無かった。
驚いたままの先輩の横に立ち、その顔を見上げる。流石に引かれたら謝って誤魔化そう。そう考えていると、先輩は何か言いたそうに口を開いただけで溜め息を吐き、注文通りギュッと抱き締めてくれた。その上ポンポンと背中を叩く感触。それに、ほっと力が抜けて寄り掛かった。腕を伸ばして背に回し、抱き付く。息を吸う度鼻を通る匂いすら心地良い。体を包む暖かさに目を閉じて頬を擦り付ければ頭を撫でられた。


「……何か、あったか?」

「……、…………」

「ん?」


問い掛けに、肩口に顔を埋めたままモゴモゴと口を動かす。あまり、言いたくは無い。しがみついた格好で黙る俺の髪を先輩は何も言わず梳き続ける。


「…………」

「…………」

「……友達、と」

「うん」

「……色々、あって、」

「うん」


相槌以外は何も言わず、それ以上何も訊かれなかったからもう言わなくても良いんだろうと思う。そう安心したら、逆にポロポロと言葉が零れ出た。

「やっと、メール返ってきて。ほっとしたんですけど。……けど。なんか、……会うの怖くて」


吐き出して、脱力し更に凭れ掛かる。会えるのは、本当に嬉しい。でも葵君がどんな顔をしているか考えると、不安で腹が痛い感じがする。まだ怒っているだろうか。泣いているだろうか。
文字から感情を読み取れず、ただ嫌な想像だけが膨らむ。謝罪から始まった文だからそこまで悪い状態じゃ無いんじゃないかとは思っても、やっぱり怖い。


眉を顰め、掴んだ布地に力を込める。嫌だな。こんな弱い考え。折角の仲直りのチャンスなのに、逃げたい。それに、また先輩に頼って。迷惑掛けて。馬鹿みたいだ。
また昨夜のようにグルグルとした思考に嵌まりそうになった頭を、大きな手が撫でる。背を叩く感覚も穏やかなリズムを刻む。
あぁ、暖かい。


「……ちょっと、元気、出ました」

「それは何より」


体を離し、ヘラッと笑うと微笑みながら目尻を擦られる。未だ目は少し違和感が有る。赤みは引いたと思うけど腫れはあまり引いた感じしないし。
それでも、さっきより気分はだいぶ軽くなった。


「……よし。いってきます」

「あぁ。何かあったらまたおいで」


パンッと頬を叩いて気持ちを切り替えていると先輩が目を細めてそう言う。口調も手付きも視線も、どこまでも優しく落ち着かせてくれる。変な頼み事をして申し訳無いなんて謝っても、何て事無いとサラッと流して笑ってくれる。どんだけ懐広いんだよ先輩。
ついでに昨夜慰められた時の仕草まで思い出して何だか照れ臭い気分になってきた。ちょっと、いや、かなり昨日から先輩に寄り掛かりっぱなしだ。いかん。しっかりせねば。
ペシペシと頬を強めに叩いて気合いを入れ直す。そして今のと今までの分引っ括めてお礼を言い、玄関へと足を向けた。











逃げたい気持ちを押し込め膝上の拳を握り締める。大急ぎで午前の書類を終わらせて、弁当は作れなかったから購買でおにぎりを買って。いつもの場所に座ってソワソワと辺りを見回す。授業終了のチャイムが鳴ってからだいぶ時間が経った頃、校舎の方からやって来る人の姿にハッと立ち上がった。


直立したまま見ている内に近付いてきた二人へぎこちなく挨拶をする。返ってきた応えは一つだけ。困り顔の怜司君の後ろ。小さな陰がチラチラと出ようとしては引っ込むのを繰り返す。
それにどう声を掛けるべきかまごついていると、痺れを切らしたらしい怜司君がグイッと細い腕を掴んで前に引き出した。

言いたい事は昨日からもここで待っている間にもずっと考えてきた。直ぐ謝ろうと。でも実際やろうとすると口が動かない。相手が泣きはらした顔をしているのを見てしまえば尚更に。
パクパク口を開閉する俺を見上げる葵君の真っ赤に腫れた目が、みるみる内に潤む。溜まった滴が溢れるかと思った瞬間、葵君は弾かれたように動いた。


「ごめんなさいっ……!」

「っ」


腰にガバッと抱き付かれ聞こえた小さな叫びに歯を食い縛る。やもすればこちらまで泣きそうな感覚をやり過ごして震える背中に手を伸ばした。


「ゆーまが、一番、たいへんっ、なのにっ。ぼくが怒って……!」

「っいえ、俺の方こそ考え無しに発言して、すみませんでした」


胸に埋められた頭がブンブンと横に振られる。しゃくり上げに途切れ勝ちな謝罪を繰り返され、俺も謝りながら抱き締める力を強くした。一頻りそうして謝り合い話す内に漸く落ち着いてくる。鼻を啜った葵君が大きく深呼吸したのを見て手の力を緩めた。


「仲直り出来たかー……?」


恐る恐るといった様子で口を開いた怜司君がホッと相好を崩す。昨日から怜司君には気を使わせ通しだ。謝りお礼を言うと、笑った怜司君はやれやれとばかりに肩を竦めた。


「悠真があんまり頑張りすぎっから葵が心配しすぎんだよ。だから、無理しすぎないことー」

「あはは……。はい」


おどけた口調で殊更明るく振る舞おうとする怜司君に頷き返し苦笑する。不恰好でも笑った俺に安心した様子の怜司君は今度は葵君の方を見た。


「葵も。悠真心配なのはわかるけど、転入生に八つ当たりすんのやめろよー?」

「…………」


態とらしく茶化した怜司君の言葉を聞いた瞬間、腰に回った腕に力が込められた。胸に押し付けられた顔も、より俯きこちらに見せまいとしている。体全部で拒否を示す葵君の姿に、チリッと胸が痛くなった。


知らない人から嫌われるのは、凄く嫌で、苦しいと思う。でも、その原因の一端が自分なのだと思うと、何も言えない。


せめて葵君の前では皆瀬君の話をしないようにしよう。
心の中で皆瀬君に謝りながら小さな背中を撫でて目を閉じた。



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