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そうして目が覚めてみれば予想通りに体はギシギシと強張って動き辛いし、次いでに目もちょっと腫れぼったい。ボーッとしたまま今にも閉じそうな瞼を擦り、顔を上げる。

ベッドの上、何故か正座な先輩に倣い俺も正座。ふかふかだから痺れはしなさそうだけど……。なんで。


「とりあえず、せんぱいが寝ぼけてて?で、ふとんまで運んで、手、離してもらえんかったけん、いっしょに、ねました」

「……それだけか?」

「はい」


首、は動かすと痛いので言葉だけで肯定。はしょりはしたけど大凡そそんな感じだった筈。
無言の先輩を放って腰を捻り強張りを解す。パキ、とかバキッとか、ちょっと怖いけど気持ちの良い音がして少しスッキリした。


「うでまくらは……首によくないんですかね。寝ちがえましたー……」

「それは……悪かった」


首から肩に掛け揉むがこっちは解れる気がしない。て言うか凄く痛い。さっきのガクッとした衝撃が効いて更にヤバイ。
湿布とかあったかな、と記憶を探りながら少し項垂れた様子の先輩を見る。


どうやら先輩は昨日の記憶が無いらしい。どんだけ疲れていたんだ。まぁ、連日他人のも含めて仕事三昧じゃ仕方無いか?
でも。覚えていないのは……ちょっと寂しい、かな。

なんて考えつつも思考は睡魔が塗り潰してきて。真剣っぽい先輩には悪いけれど。面倒臭い。眠い。


「吉里、」

「……まだ、早かけん。まちっと、なごなりましょ?」
(「……まだ、早いから。もうすこし、寝ましょ?」)


外はまだ薄暗い。普段の起床時間まで三十分も無いかもしれないが、ちょっとでももっと睡眠が欲しい。
寝転がって横を向き、空いているスペースを叩く。昨日のあの様子を考えると先輩も睡眠足りないと思うし。まさかこんな学校も開いていない時間から動き出す訳無いだろう。
薄目で先輩の方を窺うと、なんか呆れたような溜め息と、ほっとしたような雰囲気を感じた。


「……怖がりもしないなら、大丈夫か」

「……?」


良かった、と呟く先輩に疑問を浮かべる。何で先輩を怖がらなきゃなんないんだ?
分からないけど、ゆっくり頭を撫でられどうでも良くなってきた。できたらもう一回抱き付いて寝たいけど。まぁ、我が儘だよな。
ぼんやりした頭で諦めて寝ようとスーッ、と息を吸った俺の耳に、カチャリと控え目な音が届いた。






「ゲ。開い、た……。まさか。いないよね。うん。いない、いないいな………………っんのヤローーァァァッ!!」

「っ、……つ」

「は、え!?」


突然の叫び声に半分飛んでいた意識が叩き起こされる。そして目を開いた先で、隊長さんが先輩に飛び蹴りを入れるのがコマ送りで見えた。


「あんだけ言ったのにアンタって男はーー!!」

「ちょっ!?た、隊長!ストップストップ!!」


馬乗りになって先輩の胸ぐらを掴み揺さぶる隊長さんの姿に流石に眠気も吹き飛び慌てて止めに入る。何だ。隊長さん朝からどうした!て言うか先輩もいつもは隊長さんの攻撃避けるのになんで今日は大人しく受けてんだ!


「吉里くん!!」

「うぇあいっ!」

「…………」

「た、隊長……?」

「ごめんね、僕が付いていながら」

「は」

「大丈夫?……痛いとことか、ない?」


すごい剣幕で振り向かれて思わず背筋を伸ばして畏まる。え、俺も怒られんの?と顔を引き攣らせていたら、なんだか痛々しい表情で声を掛けられた。


「コイツは僕が締め上げとくから……ちょっとまってて?」

「はっ?」


締め上げって、何。
混乱したままおろおろ視線をさ迷わせ、やっとハッキリしてきた視界に映った光景に追い付いてきた思考が働き出す。
…………………………あ?


「……万里。あのな、」

「何か玄関の靴散らばってんなってゆーか多いなってゆーか、ってトコで変だと思ったらさ。部屋電気点けっぱで何か鞄とか置いてあるじゃない?二つ。イヤーな予感するって思ったらコレよ。かわいい後輩傷物にして、マジもう、どうしてくれようか……っ!」

「たっ……隊長っ!違います違います!!」


前回恋人と勘違いされた事と同様、また豪快に誤解をされているのだと漸く気付いた。しかも今回は悪い事に俺、……強姦とかそんなのの被害者とか思われている感じ?

とんでもない誤解だ、ただ一緒の布団で泊まらせてもらっただけだ、と引き留めた隊長さんと向き合い必死に弁解する。未だ興奮覚めやらずな様子だったけど、どうにか先輩から離す事は出来た。


「その、昨日、寝惚けた先輩放って帰るのが心配だったと言いますか。そんな感じで、俺が無理矢理布団に潜り込んだだけです」


と、いうのはその時は本当にそう思っていたけど、建前だったかもしれない。一人で居るのが不安で、掴まれた手首や抱き締められた時の体温にすがっただけで。人寂しかったのは、自分だ。
でもそこまで言うのは恥ずかしい。先輩を言い訳にするのは悪いけれど、黙っておこう。うん。

隊長さんの目力に怖じ気付き段々と縮こまりながら言い切る。隊長さんは聞きながら冷静さを取り戻したらしく、怒りと疑いの気迫は無くなっていた。目はまだ怖いけど。ハラハラしながら反応を待つと、腕を組んで黙っていた隊長さんは突然ガシッと肩を掴んできた。


「っダメだよ吉里くん!そんな隙だらけじゃ!男はオオカミなん、ダっふ!」


叫んだ隊長さんの顔に先輩が枕を押し付けた。それまで大人しかったけど、やっぱり誤解されたのに怒っていたんだな。リーチの差がひでぇ。
枕を引き剥がそうと藻掻く隊長さんと、巧みに避け押し付けっぱなしの先輩。途中で力尽きた隊長さんが布団に倒れ伏した。


「……取り敢えず……俺も男なんですが」

「そーゆう、問題じゃないんだよぉ……」


いやだって。いくら男同士が当たり前の環境だからって俺相手にどうこう有る訳無いし。ていうか寧ろ俺が先輩襲ったとかは考えないのかな。
ゼエゼエと肩で息をする隊長さんがよろよろと起き上がる。息を整える背を擦っていると、隊長さんは、でもさ、と先輩に顔を向けた。


「文句言わず僕にされるがままだったのは、何か疚しいことあったからなんじゃないの」

「………………」


隊長さんと同じ様にムスッとした顔の先輩は無言で隊長さんを睨む。そのまま火花でも散りそうな勢いで睨み合う二人を、俺はどうすれば良いのか……。


「……コレ。言われてたヤツ」

「…………」

「たぶん、やっぱりウチのがクロい」

「そうか」


あ、仕事の話はちゃんとするんですね。
淡々と事務的に会話をした後、用事があるらしい隊長さんはベッドから降り衣服を整えた。よくベッドの底抜けなかったな、等と考えていると隊長さんに名前を呼ばれる。


「あのね、吉里くん。今回は大丈夫だったけど、何かされそうになったらぶん殴ってでも逃げなきゃダメだかんね」

「は、」

「じゃ、身嗜み整えたらすぐ帰るんだよ」


投げられた枕を避けた隊長さんは颯爽と部屋を後にしていった。


「……えーっと。また、隊長さんに変な誤解させて、すみませんでした」

「いや、そもそも俺が悪いんだ。すまん」

「い、いえ……。あー……、あ。飯!昨日の取ってあるんで、食いましょう!」


不機嫌な先輩と取り残され気不味い。沈黙がいたたまれず謝ってみたものの、逆に謝り返され益々申し訳無い。困って話題を探す内に料理の事を思い出してベッドから滑り降り先輩を促した。


「朝飯一緒に食うの、初めてですね」

「……だな」


温め直すのを手伝ってもらいながらふと思った事を口にする。そう言えば入学して以来誰かと食べるのは初めてな気がする。さっきまでの気不味さも忘れ浮かれ気分で冷蔵庫を漁り、あ、と声を上げて先輩を見上げた。


「おはようございます、先輩」

「……ああ、おはよう」


やっと笑った先輩にほっとしてテーブルに皿を並べる。一応、機嫌は戻ったかな。
朝から食べるにはちょっと豪勢な料理を前に先輩と笑い合い、手を合わせて箸を掴んだ。


そんな中、俺のポケットの中では、ケータイが新着メールの報せに点滅していた。



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