▽騒がしい朝





「出来れば黒幕も引き摺り出すまで粘りたかったが……もういい加減厳しいな」

「そうだな。親衛隊は勿論、一般生徒の不満も限界に近い。それに考査が明ければスポーツ大会もある」

「せめて尻尾くらいは掴むつもりだったんだがな」


こめかみを揉み、嘆息した男は手にしていた紙を投げ出すと背凭れに体重を預けた。それを見た俺も書類を机に乗せ紙面に目を落とす。
前回とは違う会議室に居るのは二人。もう一人の男は調査で手が離せないらしい。静かな室内に椅子の軋む音と紙を捲る音だけが響く。


「転入生の方は」

「ああ。とある人物が接触してくれた事でだいぶ進展があったよ」

「…………」

「そう気を悪くするな。お陰で疑惑が明確になったんだ。現状からして喜ぶべきだろう」


無言で視線を向けた俺に頭の後ろで腕を組んだ男は目を細めた。
確かに。そのとある人物とパートナーの働きで黒幕の存在を明瞭な物として知る事が出来た。風紀主力のメンバー殆どが何故か、転入生と出会う事すら出来ない状況で漸く掴めた糸口。喜ぶべき、なんだろうが。それがその人物を危険に曝す事になると考えればどうしても引っ掛かりを感じてしまう。
風紀の一員として多少の荒事も覚悟しているのだと知っていても。他にも大勢の者が被害にあったり危険を冒して調査を行っている中ただ一人のみに情を傾ける訳にはいかないと分かっていても。身近な存在が駒として扱われる状況に苦味を感じて仕方無い。感情とは、儘ならないものだ。


「今はまだ無理だが、全て終わったらその功労に報いをちゃんと返すさ」

「…………」


怨み事でも吐きそうな口を閉じ歯を噛み締める。どうにか自分の葛藤に折り合いを付けようとしていると、そう言えば、と言った男は面白げに口角を上げた。


「後輩とは随分と仲良くやっているらしいな」

「……まぁ」


何か含みの有る言い方に目を眇める。よもやこの男も友人と同じ様に妙な勘繰りをしているのではあるまいな。いや、この様子は分かった上で敢えて知らぬ振りをして揶揄の種にしようとしている気がしてならない。
その前に釘を刺してやろうと口を開くより先に、赤いペンを回す男は口の端を上げたまま言葉を続けた。


「お互い抱き合っているとか」


捲っていた書類が手の中で潰れた。沈黙に固まる俺の前で、喉の奥で耐えるような笑い声が鳴る。舌打ちしたい衝動を抑え、男を睨んだ。


「……どこからそれを」

「そちらの従兄弟殿から、だな」

「…………」

「いや、本当は後輩が抱き付いたと聞いていたんだが。そうか。抱き合っているのか」


眉間を押さえる俺に男はとうとう音を出して笑う。あぁ、頭が痛い。
唸りたい衝動に耐えていると、一頻り笑った男はまだ可笑しげに口の端を上げて話し掛けてきた。



「此方としても可愛い後輩で戦力だ。大事にしてやってくれよ」

「……言っておくが、」

「俺達の予想が正しいなら。そちらの傍に居るのは、危ないだろう」

「…………」

「勿論此方としても手は尽くすが。二人の事をあまり他の人間に広める訳にはいかんからな。最終的には自力か、そちらが何とかしてもらうしか無い」

「……分かっている」

「なら何より」


真剣な顔から一転満足げな笑顔に変えた男は机上の物を纏め立ち上がる。新たな動きがあったら追って連絡する、と告げ扉に手を掛けた背が不意に振り向いた。


「そうだ。手が足り無いとは言え特待だと言うのに書類に電話番に、と働かせ過ぎている。悪いがそちらでもできる限り労ってやってくれ」

「当たり前だ」


即答すれば男は一瞬目を見張った後また口角を吊り上げ機嫌も良さげに出ていった。それを見送り椅子に体を預け暫く頭痛のするそこを押さえる。一度大きく息を吐き出した後で、無駄に心労を増やした状態のまま部屋を出た。


その後も他委員会との打ち合わせや教師陣との話し合い。各親衛隊の動きや怪しい者がいないかの確認。そういった事に奔走して夕刻の生徒会室。
机にチェックも署名も済んだ書類が積み上がっていても、席に人はおらず。一応確認した書面は情報を擦り合わせねば書けぬ欄が空白。また、いれば直ぐ直させて済むミスが何ヵ所か。


「…………」


早く、帰ろう。
ただそれだけを考えて自分の席に腰掛けた。











瞼越しに受ける日差しの感覚にふ、と目が覚める。沈む体の下の柔らかい感触は普段寝慣れた自分のベッドの物。いつの間に自室に帰ったのだろう。見覚えのある室内で寝起きに霞む頭を働かせようとして、止まった。


横になっている自分の前、と、言うより。腕の中で、誰かが眠っている。


思わず突き飛ばし掛けた手を寸でで止め肩を掴むに留める。そしてゆっくり自分から離し、見えた顔に頭を抱えたくなった。


「い、う……ん?……せ、ぱい…?」

「…………」


『その内煮詰まったあげくうっかり手ぇ出しちゃったー、とか、しないでよ』

何時だったか、友人が言い放った台詞が頭を打つように甦る。いやまさか。そんな訳が……。
昨夜の記憶を無理矢理引っ張り出す。昨日は途中増えたりしつつもなんとか仕事を終わらせ。帰り道妙な視線を感じた気がして周囲に気を配りながら帰り無駄に精神を消費させ。それで、漸く帰りついた所で後輩の姿に気が抜けて……。


「……吉里、ちょっと、」

「う……い゙っ!?」


薄目を開け一度は起きた後輩は俺を確認した後また寝る体勢になる。首の下敷きになっていた痺れる腕を引き抜きながら、話を聞く為その体を揺らそうと手を掛けた瞬間、後輩は顔を歪め身を丸めた。


「い、痛かけん、ちょっと、触らんで、くだ、さい……」

「……悪い」


起き上がった事で捲れ上がった布団の下、俺も後輩も服は着ている。それに安心はするが、後輩は未だ痛みに呻き敷布へ皺を作る。その様子に、背へ冷たい汗が伝うのを感じた。


「その、だな。吉里、」

「も、きの、せんぱい、ぜんぜん、離して、くれんけん、ギシギシ、いいよるし」

「…………」


恨めしげにぼやく後輩は布団に半分顔を伏せたまま見上げてくる。痛みにかうっすら涙を浮かべた後輩の目の赤みは、今しがた色付いたものとは思えない。
黙り込んだ俺に、ぼんやりとした顔の後輩は暫くしてあぁ、と掠れた声を出した。


「ひょっとして、せんぱい、きのーの……ふ、あ、……こと。覚えとらん、かんじ、ですかね?」

「…………」


欠伸混じりの台詞がまるで喉にナイフを突きつけられているかのような錯覚を引き起こす。確かに覚えていない、が、しかし…。


「……昨日、俺は何を、したんだ?」

「あー……」


首を押さえながら起き上がった頭が覚束無い様子で揺れる。寝乱れた格好でゆっくりと瞬く目を見詰め、緩慢に開かれた口に、緊張から渇いた喉を動かし唾を飲む。


「……眠かけん、あとで」

「頼む。起きてくれ」

「う、てぇっ!」

「あ。……すまない」


また布団に倒れ込もうとする肩を掴んで引き留める。反動で力の入ったらしい首を押さえ悶える後輩に謝り擦ってやりながらも、真相を聞く為に再度疑問を口にした。



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