疲労と戯れ

目を閉じた状態で意識が浮上して、今まで寝ていたのだと気付く。サラリと滑るシーツの感触になんとなく違和感があったが微睡みに揺れる頭は考える事を放棄していて働かない。代わりにすぅっと息を吸う。鼻腔を通った香りが優しく、また眠りに片足が沈まる。良い匂いだなー。なんかほっとする……。
ゴロリと寝返りを打ち更に布団に潜り込む。滑らかな布地を握り締め頬を擦り付けた。
気持ち良いな。二度寝しちゃおうか。あぁ、でも今何時だろ。学校行かなきゃ。授業と、委員会と、ご飯が……。


…………あれ?


パチリと目を開き寝転んだまま薄暗い部屋を見回す。自分のじゃない広いベッド。知らない内装や家具。……どこここ。


「え?……えっ!?」


ガバリと起き上がり何度も首を巡らせる。うん、見た事無い。どこだここ。
パニックと恐怖で声も出ないまま目をウロウロと動かし身を竦める。カーテンの隙間から見える窓の外は真っ暗。室内灯が淡く照らす室内には他に人はいない。何だ。何でここにいるの俺。

大きなベッドに正座して必死に記憶を引っ張り出す。確か風紀室から閉め出された後仕方無いから帰ろうとして。次いでに買い物して。自分の部屋に荷物置いて着替えて。課題と復習だけ終わらせて。んでいつもより早く先輩の部屋に来て。簡単なのでいっかーと飯作って。先輩帰ってくるまで一休みってソファで寛いで……。

腕を組みうんうん唸る最中。ガチャッ、と、扉が開く音と共にシーツの上へ光が差した。


「――――っ!?」

「おい、……と。起きてたか」

「せっ……せんぱいぃぃ……っ」


声に成らない悲鳴を上げて振り向けば、暗くて顔は見えないが聞き覚えのある声。引いた血が戻りバクバク鳴る心臓を押さえているとカチリと明かりが点けられた。


「……どうしたんだそれ」

「う、な、何でもないです……」


反射で被ってしまった布団を頭に乗せたまま目を逸らす。そしてちょっと冷静になった思考で状況を整理し、漸く答えに行き着いた。


「ここ、先輩の寝室ですか」

「あぁ、驚かせたのか。勝手に移動させて悪かったな」

「い、いえ……」


訳が分からずビビっていたなんて気付かれたくなかったのにもうバレたよちくしょう。
クスッと笑った先輩に被っていた布団を下ろされグシャグシャになった髪を梳かれる。その手付きにほっとするが、さっきの醜態が恥ずかしくなり首を振った。


「うえっと……あの、何で俺先輩のベッドで寝てたんでしょう」

「あぁ。俺が帰ってきた時はソファで寝てたんだが……」

「?」

「暫くすると落ちてな」

「っぐ、」

「何回か戻してやったんだがその度に落ちるもんだからこっちに連れてきた」


吹き出しそうな声でそれはもう可笑しそうに答えた先輩がポンポンと頭を叩く。それはなんとまぁ、すみません。
申し訳無さやら情けなさやら。頭を抱えて謝罪とお礼を伝えれば気にするなとばかりに頭を撫でられる。そうして羞恥に落ち込み掛ける途中、ハッと気付いた事に顔を上げ先輩の腕を掴んだ。


「あの、先輩鍵とか掛けてたのに俺寝室入っちゃって良かったんですか?」

「……お前なら良いよ」


俺や隊長さんが入ってくる事もあるけど個人部屋なここで、態々鍵を取り付けた個室。それは他人を入れたくない場所の筈。しかもプライベート中のプライベートだろうに更にベッドで寝転けていただなんて。

焦る俺に対し本当に何でも無い事のように返した先輩は飯食うか、と言って立ち上がった。他人に自分の布団を貸すって普通嫌じゃないのか。いくら寝相が悪かったにしても人が良過ぎやしませんか。
色々グルグル考えてみたけれど、本人が言うのだから良いか、と息を吐き出し床に足を下ろした。











先輩に手伝ってもらいながら晩飯を温め直し皿を出す。テーブル周りは片付けられていた為直ぐに用意出来たのだが、時間は既にいつもなら俺が帰るくらいまで回っていた。


「すみません、食べるの遅くなっちゃって」

「いや、大丈夫だから」

「あー……。でも、先に食べてて良かったんですよ?」

「……食事は楽しむものだと言ったのはお前だろ?」


……あぁ確かにそんな事言ったな。
忘れ掛けていたそれに頷くと席に着いた先輩は腕を組んで口を開いた。


「お前と食べないならつまらん」


少しだけ不機嫌そうな顔で言われ手を合わせた格好のまま瞬いた。言葉の意味を理解していく内に、ジワジワ口角が上がっていく。先輩と会う為の口実に自分と食べるのは楽しいだろう、と無理矢理言い付けた言葉。ちょくちょく楽しいと言われてはいたけどずっとお世辞だと思っていた。でも、この反応的に心からそう言ってくれているんだろうというのが分かって。
ヘラッとだらしなく緩む顔を手にしたお椀で隠したけれど見られていたようで笑われた。何だか今日は笑われてばかりな気がする。



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