彼の事情

少し話し込むからと藤澤君と別室に引っ込んだ天蔵先輩へつい何とも言えない視線を向けそうになるのを堪えながら外回りの準備をする。メモとペンをポケットに入れ警棒を目立たないよう隠して装備し、最後に腕章の位置を整えると扉近くで待つ東雲君へ声を掛け風紀室を後にした。


「……なぁ吉里。何か心なしかいつも以上にほえほえしてないか?」

「は?ほえ?……え?」


聞き慣れぬ擬音に瞬き聞き返すがそれには答えでなくまじまじとした視線が返される。
語感的にボケッとしているとかそんな感じだろうか。まぁ、色々気が抜けて完全にぶり返した眠気に思考がふわふわしている自覚はある。ならそう思われても仕方無いか……ん?


「いつも以上、って普段からもほえほえしてるって事ですか?」

「リアクションもおせぇしなぁ……」

「……東雲君?」


腕を組みいよいよ考え込むよう目を細めた東雲君をちょっと睨む。なんと言うか、心外だ。そりゃ東雲君に比べればボヤッとしているだろうけれどそれでも自分的にはしっかりしている、つもりだ。
ムッとしたのが伝わったのか東雲君はしまったという顔で目を泳がせた後肩を竦めた。


「あー……ごめん。でもちょっと、さぁ」

「……なんか変ですか?俺」

「変っつーかなんつーか……。んー、……たまに言ってる事斜め行ってたりするから気を付けろよ?みたいな?」

「斜め……」


斜めって、どんな。と思うが微妙に心当たりがあって反論出来ない。自覚は無いけど他の人にも話の途中で訝しげに聞き返されたり電話番でも困惑した反応をされたり。……何言ったっけな、俺。
自分の言動を振り返ろうとしたところで鈍い音を立てるでこピンを食らった。


「ぅい゙っ!てぇー……」

「いつ転入生と鉢会わせるか分かんないんだからシャキッとしとけ。出会い頭に殴り掛かられたら敵わんだろ」

「う、……と。うーん……」

「ん?どうかした?」


あぁ、なんだ心配してくれていたのか。と感動を覚えつつ、言われた懸念にどう返したものか考える。そういえばバタバタしていて皆瀬君と遭遇した事、簡単にしか話してなかったや。


「みな、……と。えーっと、転入生君、はそんないきなり襲いかかってきたりとか、しないですよ?」

「は?なんで?」

「良い人そうですから」

「……前もそんな事言ってたし実際山本とかはそうだったけど……」

「けど?」


言い淀む東雲君を見上げ首を傾げる。疑問に思って、ではなく困って。今まで散々嫌な噂を聞かされているんだ。例え山本君達みたいな違いがあっても根幹を握る皆瀬君もそうだとはなかなか思えないんだろう。


「ね。大丈夫ですって。俺を信じてドーンと大船にのっかる感じでいっちゃいましょうよ」

「……やっぱりお前ちょっと休んだ方が良いんじゃね?」

「えー……」


本気で心配そうな顔をした東雲君が俺と自分の額に手を当て唸る。そこまでか。そこまで可笑しい発言か。いくらなんでもあんまりだ。
落ち込みそうになるが気を取り直し前回あった事をきちんと話そうとして、視界に過った陰に目が止まった。


「あれって……」

「え?って、ゔっわ……」


朝方軽く降った小雨で湿った草木の合間。大木の下に巡らされた煉瓦の柵に腰掛けた一人の生徒が膝を抱え項垂れていた。そのボサッとした髪質と光を反射する分厚い眼鏡の持ち主はどう見ても。

深々と溜め息を吐くその人物を目に入れた途端嫌そうな顔を露に回れ右しそうになった東雲君の腕を掴む。ジトリと抗議を浮かべる東雲君に百聞は一見に如かず、と呟いてから視線を戻し口を開いた。


「こんにちは、皆瀬君」

「ちょ、」

「なん……ほぁっ!?よ、よよっ吉里!?」


そこまでビックリするのかとこちらが驚く程大袈裟なリアクションを返した皆瀬君が飛び上がってこちらを見る。掴んだ腕をそのままに歩み寄れば皆瀬君はギクシャクとした動作で立ち上がった。


「ひ、ひさ、久し振り……!」

「はい。お久し振りです」


嬉しそうな雰囲気を醸しだす皆瀬君に笑い返していると後ろから引っ張られて小声で話し掛けられた。


「……おい」

「はい?」

「お前いつの間にこんな手懐けたんだよ」

「手懐けって……」


そんな犬猫みたいな。
こっそり突っ込みを入れ、兎に角大丈夫だからと囁いてから皆瀬君に向き直る。……話し掛けたは良いけど、どう話しを進めれば良いのか。
自分の行き当たりばったりさにちょっと頭が痛くなったが、チラチラと東雲君を見ているのに気付き先ずは彼を紹介する事にした。


「こちらは風紀で俺の相方をしてもらっている人です」

「……どうも」

「相方……」

「?どうしましたか?」

「、や、ううん!何でもないっ」


一瞬東雲君に鋭い視線が向けられた気がして瞬く。直ぐ取り繕うように口角を上げて笑って見せているけど東雲君をあまり見ないようにしていた。東雲君も不思議そうに眉を寄せ俺と皆瀬君を見比べていたが、突然ハッと何かに気付いたように目を見開く。


「……まさかコイツ」

「ん?」


顔を顰めた東雲君が一歩前に出て半身になる。それを見た皆瀬君からも剣呑な空気が流れ、そのまま何故か睨み合いになる二人に首を傾げたが、まぁ良いかと皆瀬君に声を掛けた。


「今日はどうかなさいましたか?」

「へ?」

「何だか落ち込まれているようでしたので」


見る限り怪我や病気の様子は無い。見えない所までは分からないが体調が悪くて休んでいたのとは違うと思う。悩みなら聞くくらいいつもやっているし。そしてあわよくば何か聞き出せたら、なんて小さな打算を混ぜて問う。


「えっ、と……」

「力に成れるかは分かりませんが、相談くらいにはのれますよ」


ね、と東雲君を振り向く。同意を求められた東雲君は微妙に嫌そうな顔をしながらも必要な事だとは分かっているのか黙って頷いた。
それに迷うよう視線をさ迷わせた皆瀬君はグッと唇を噛むと絞る出すように話し出した。


「……あの、さ」

「はい」

「今、この学校が色々、……何て言うか、ギスギスした感じなのって、……オレのせい、なん、だよな?」


何か言おうとする東雲君を制して皆瀬君を見返す。思い詰めた、というよりも覚悟をしたという空気に静かに頷けば、一瞬口許が歪んだ。



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