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葵君のリアクションに戸惑っていると大丈夫だろう、とあっけらかんとした声が掛けられた。
「大丈夫……ですかね」
「あぁ。大丈夫だ。寧ろもっとどんどんやってやると良い」
「それはダメっ」
「何でだ?面白そうじゃないか」
「ゆーまが抱きついていーのはぼく達だけなの!」
涙の滲んだ目を擦りながら答えた藤澤君に葵君が口を尖らせる。それにまた何でと聞く問いと駄目なものは駄目だという力説がにわかに白熱し出して二人からそっと離れる。藤澤君、明らかに面白がっている。
完全に遊ばれているなぁ、と眺めていると後ろから肩を叩かれる。振り仰げば二人の様子にあーあ、と呟いた怜司君が苦笑しながら見下ろしてきた。
「葵みたいんじゃないけど、あんまりその先輩に抱き付きすぎたりすんなよー?」
「はい、それはもう気を付けます」
「おー。襲われても文句言えないからな〜」
「……はい?」
「同意ならイーと思うけどな」
ポンポンと頭を叩いた怜司君がにこやかに言うのを唖然と見上げていると、藤澤君との会話を強引に打ち切ったらしい葵君が飛び込んできた。
「怒られなかったんなら、もういいやってことで、これから気をつけること!それでもういいでしょ!」
「う、ぁ、分かりました」
「よーし!」
まだちょっと頬を膨らませたままの葵君が抱き付くのを受け止める。本当に良いのかなぁ、と考えるが慣れてしまった行動を今更止められるかと言うと自信無いし。どっちにしても気を付けるしかないのなら葵君達が抱き付いてくるのを止めても意味無いかと背中に手を添えてうぅん、と小さく呻いた。
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「いやしかし。吉里も寝惚ける事があるんだな」
「……それであんなに笑ってたんですか」
「うん?あぁ、まぁそんな感じだな」
風紀室までの道すがら、思い出したようにくつくつと笑う藤澤君。怨めしげに見やれば謝罪して口を閉じるが目がまだ笑っていた。
「別に、抱き付くくらい良いと思うがな」
「でも、迷惑をお掛けしては……」
「迷惑だと言われたのか?」
「いえ……」
「じゃあ良いじゃないか」
軽い調子で返してくる藤澤君に項垂れる。そんな簡単に片付けちゃって良い物か。廊下に響く足音を耳に考えているとポンと背中を叩かれた。
「ほら。こんな感じで、仲の良い相手へのただのスキンシップだ。そんなに重く考えるような物じゃあない」
「そうですかね……」
「そうだろう?」
おどけて肩を竦める藤澤君の様子にちょっとだけ気が楽になった気がする。はぁ、と息を吐けば楽しげな様子から一転優しく目を細めた藤澤君がクルリと鞄を回した。それを気恥ずかしく感じながら思い出した疑問を口にする。
「……そう言えば風紀の用って何なんですか?」
「あぁ、風紀の委員長と兄が懇意にしていてな。今日は顔を見に行けないからと言付けを預かっているんだ」
「そうだったんですか。……あ、じゃあ前言っていた様子が気になる人って委員長の事だったんですね」
「ん?あぁ……。あー、そうだな」
何時だったか、知り合いの様子を知りたいと言われた時の事。あれ以来対象は知られたくないと思っていた先輩の事なのではとばかり考えてしまっていたが、俺の身近にいる人と言えば天蔵先輩や絹山先輩といった風紀のメンバーだっているのだ。何で先輩の事なんだと思い込んじゃったのだろう。一度決め付けちゃうとそうとしか考えられなくなって駄目だなぁ。
疑惑の解消に安心しスッキリした気分になっていると、そうそう、と言った藤澤君はニッコリと笑った。
「どんなに堅物な奴でも疲労を重ねれば流石にキャラが壊れるんじゃないかと気になってな」
「……藤澤君も結構質悪いですよね」
「まぁな」
気になる、というのが心配からじゃなくて単純に好奇心で言っているのが表情にありありと出ている。その笑顔は以前見た彼の兄の企み顔によく似ていて。やはり兄弟なんだなぁと納得しつつ、ひっそり天蔵先輩を不憫に思いながら風紀室の扉を開いた。
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