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無防備に体を預ける後輩にもう何度目か分からない無警戒さへの不安を感じる。自分が無害そうな皮を被っただけの無体を働くような人物だったらどうするのか。このような台詞を言うのも、何度目だろう。それでも懲りずに傾けられる彼からの信頼へ喜びを感じてしまうのも確かで。どうしようもないなと凭れ掛かる体を抱き締めた。


夢現な後輩と言葉を交わしながら言われた『擽ったい』という状態について考える。成る程。こうして腕の中の存在を感じるのは何やらむず痒いものがある。それが嫌な物でなく寧ろ好ましいと思うのは、あまり良くない事なんだろう。だとしても今更か。
今にも眠りそうに項垂れる頭へ頬を寄せる。落ち着いたら下ろすつもりだったのだが、離しがたい心地良さに溜め息を溢し擦り寄る体温を支える。確かに、これは気分が良い。

けれど、と徐々に重みを増す体を抱え直し近くのソファに目をやる。この体勢のまま眠っても疲れはろくに取れない。そちらで暫く休ませて、食事はそれからで良いだろう。
起こそうとするがもう話す事も殆ど出来ない状態だったので抱えるかと体を離した。

しかしここ最近この後輩は居眠りが増えた気がする。自室でちゃんと眠れているのだろうか。覗き込んだ目元に隈などは無い。それでも頑張り過ぎの嫌いがある後輩の事だ。気にし過ぎという事もないだろうと訊ねようとしたその時。友人がやって来たかと思うと直ぐ様出ていった。何か面倒な勘違いを盛大にして。


痛む頭を押さえ追い掛ける為に立ち上がる。離れる一瞬、寂し気に袖を掴む指をほどきながら頭を撫でた。直ぐに戻ると呟き廊下へ出る。そして靴を履くのに手間取っていた友人をどうにか捕まえたのだった。











「ごめんって!」

「だから違うと言ってるだろ」

「いやいや、そんな否定しなくていいからっ。折角のいー雰囲気ぶち壊しとか……うわぁ」

「お前なぁ……」


変に勘ぐっている事は分かっていた。妙な言動を起こす前にと度々否定していたのだが、どうしてか信じない。何故ここまで頑なに聞こうとしないのか。
いい加減にしろ、と口を開き掛けた時、音を立て開かれた扉から後輩が飛び込んできた。


「……隊長」

「吉里くん……ごめんね。けして。けっして君たちのジャマをしようとかそんな事は考えてないんだ」


後輩の登場に驚きながらも年長者としての意地か友人の口調が少しばかり落ち着く。それでも続く謝罪の羅列にやっぱり、と呟いた後輩は友人と目を合わせるとゆっくり言い含めるように話し出した。


「隊長。俺と先輩、別に付き合ったりとかしていませんよ」

「いやいや、そんな誤魔化さなくていいよ。怒ったり言いふらしたりなんかしないから」

「本当です」

「もうホントに何て言ったら…………へっ?」


目を剥き言葉を失った様子の友人が固い動きでこちらを見る。漸く話を聞き入れる状態になったか。
深く息を吐いて目を眇め口を開く。


「だから。何度も言っただろ」

「……嘘だ!!」


驚愕の表情で声を荒げた友人は掴み掛かる勢いで問い掛けてくる。


「さっきキスしてたじゃん!?」

「キッ……!?っいえ、先程のは俺が寝惚けたのを起こしてもらっていただけで、」

「そんなんであんな体勢になるかー!」


両手を振り上げ喚く友人と後輩の間に入る。困惑の視線を背にしながら友人を見下ろせば説明しろとばかりに睨まれた。


「兎に角。いい加減違うんだと認めろ」


不満だとばかりに顔を顰めた友人を促し部屋へと戻る。宥める後輩の声を聞きながらもう一度深々と溜め息を吐いた。











「何。アンタそんなに奥手だったの?」

「何故そうなる」

「あー、奥手とは違うか。何まだ告白もしてない子に手ぇ出そうとしてんの」

「してないと言っているだろうが……」


納得いかないという様子ながらも大人しく話を聞いた友人は漸く俺達の関係についての考えを改めた。しかし、それでもまだ俺の事を疑っているらしい。抜けた疲れが振り返したような気がしつつ、言葉を重ねる。


「そもそも、俺は吉里に変な好意は持っていない」

「はぁ?」

「嘘を吐いているように見えるか」


半目で見てくる友人の目を見返す。疑惑の眼差しに眉間を顰めたくなるのを耐えていると、徐々に視線は不可解という色に変わっていった。


「何。まさか……無自覚?」

「は?」

「『は』じゃないし。寧ろこっちがは?だし。……あんだけラブラブ光線出しといて自覚無いとか。無いわ……」


頭を抱えブツブツと何事かぼやいた友人が胡乱な目を向け重い溜め息を吐く。何なんだと問えば友人はもう良い、と返しテーブルに突っ伏した。


「そう言えば何か用があって来たんじゃなかったのか」

「……今日は、いーや。疲れた。急がなくていいみたいだし。またにする」


そう言った友人は怠そうに立ち上がると片付けを済ませ茶を淹れようとしていた後輩に一言掛け出口へ向かう。友人について玄関まで出ると最後に、ときつい睨みと指を突きつけられた。


「今はそれでいいやって事にしとくけど。その内煮詰まったあげくうっかり手ぇ出しちゃったー、とか、しないでよ」

「誰がするか」

「どーだか」


鼻で笑い扉が閉まるまで信用の無い目をした友人は片手を上げ去っていった。何なんだいったい。
頭を掻きながら室内へと戻れば後輩が困った様子で立ち尽くしていた。


「大丈夫……でしたか?」

「あぁ。誤解はちゃんと解けたよ」


微妙に解けてはいないのだがそれは俺にであって後輩へは何も無い筈。そこは飲み込んで返すと後輩は眉を下げて口を開いた。


「そうですか……。すみません、俺が変な事したせいでご迷惑を……」

「いいや。あれは俺の方が悪い。すまなかった」

「いえそんな……」


益々申し訳なさそうに傾げられた頭に手を乗せる。そうしても気が晴れない様子の後輩に苦笑して頬へ手を滑らせた。


「そうだ。さっきの充電……だったか?俺もさせてもらったみたいでだいぶ疲れが取れたよ。ありがとう」

「……いいえ、こちらこそ」


安心した顔で微笑んだ後輩に笑い返す。ふと時計を見れば既に遅い時分だった為、帰ったらよく休むよう言い聞かせ部屋に帰した。


ふらふらとした足取りで出ていった背中を見送り腕を組む。本人は十分に寝ていると言っているが疲労はあまり取れていないんじゃないだろうか。
柔らかく笑う後輩の顔を思い浮かべながら、力無く溜め息を吐き扉を閉めた。



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