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安心はしたけれど、重くないようにと腰を浮かしてから流石にこの体勢はどうなんだろうと考える。この半ば子供が抱っこされたような状態って……無いよね。
視覚の暴力、いやそれ以前に先輩パニクっていた俺に気を使っているだけで嫌なんじゃないか、と膝から下りようとしたのだがそれより先に先輩が口を開いた。


「いつもこんな事してるのか?」

「えっ。いえ、普段は友達二人が飛び付いてきてて……」


いつもの葵君達の行動を思い返しながら改めて抱き付いた理由を話す。興味深そうに聞く先輩の顔の近さにやはり離れた方が良いのではと考えつつ大人しく反応を待った。


「……一応言っておくが。友達だとしても、あまりこういう事は誰にでもするなよ」

「誰にでもなんてしませんよ。さっきのは偶々寝惚けてただけで……」

「それが心配なんだと言っているんだ」


あぁ、お説教が始まりそう……。
ムギュッと鼻を摘ままれ唸ると呆れた溜め息を吐かれた。いやいや、こんな事よっぽど仲良くなきゃやりませんって。そもそもあの二人ぐらいとしかやらないし。
何処ででも寝ているんじゃないかと言うのを否定して、そう言えば、と呟く。


「自分から抱き付いたのは、初めてでしたね」

「……へぇ」


話しながら、いつも抱き付かれるのと違う感覚だな、と不思議な気分になってきた。ギュウギュウと元気付けるようじゃれて力を込めてくる二人と違い、先輩のは穏やかに宥めるような優しい感じがする。これはなんだか……。


「擽ったい……?」

「擽ったい?……あぁ、背中か」

「え、あ、いえそうじゃなくて、胸が……」

「胸?」


撫でていた手が離れそうになり首を振る。しかしそうじゃない、とは言ったが何だと言えば良いのか。
……あー、あれだ。以前可愛い後輩だと言われた時と同じ感じ。嬉しいというか照れるというか。葵君達が慕ってくれていると感じる時に湧く物とも似ている。……でも少し違うような。


「吉里?」

「あ、いえ。何でもないです」


今考えた事を伝えるのは何となく恥ずかしく感じ笑って誤魔化す。訝しげに背に当てられる手にやはり擽ったいなと目を閉じるとなんかまたウトウトしてきた。ショボショボする目を先輩の肩口に擦り付けてみる。……余計に眠い。


「なんか、気持ち、よかです……」

「……そうだな」


あー。もう、良いや。眠い。
抱き枕よろしくしがみつき直していると頭に小さな重みが掛かる。顎か頬を乗せられたのだろう。先輩もリラックスしてくれているのなら、嬉しい。
完全に座り込んで体重を先輩に預ける。何か忘れている気がするけど、起きてからで良いや。


「ほら。寝るなら移動するぞ」

「ぅ、……ん」


このままが良い、と口を動かしたつもりだったが伝わらなかったようだ。しがみついていた手も緩く裾を掴んでいるだけになる。体を離され無理矢理目だけは抉じ開けると頬に手を掛けられ上向かされた。顔に当てられたままの指先で目尻を撫でられ笑う。すると少し真剣な顔をした先輩が覗きこんできた。


「なぁ」

「はい……?」

「お前最近……」

「ヘーイ!おっじゃまー……しました。マジで。すみません。ホントに。ホンキで。ごめんなさい」


先輩が何か言い掛けた言葉が豪快に開かれた扉の音で掻き消される。驚いて振り向けばそこには隊長さんが扉を開けたままのポーズで目を見開いていた。何で固まっているのかと疑問に思っている内に早口で謝罪を捲し立てた隊長さんは焦ったように部屋を飛び出す。


「……アイツ、また勘違いを」

「……は、へ?」

「ちょっと待ってろ」


力の抜けっぱなしな俺を膝から下ろしてクシャッと頭を撫でた先輩が玄関へ足早に出て行く。それをボケッと眺めて欠伸を一つ二つ。勘違いって、何を。


「う、ん……?……っ!」


ガバッと立ち上がって扉へ駆け出す。さっきの状況を客観視したのと同時に今まで隊長さんの言動の端々に感じていた違和感と疑念が確信となって頭に浮かんだ。


「隊長さん!!」

「吉里くん……!マジごめん!」

「いえそうじゃなくって……!」


玄関口で先輩が隊長さんの襟首を掴み言い争っている。俺へ謝罪を口にする隊長さんにやっぱりか、と思いつつ誤解を解くよう話し掛けた。そうして更に混乱した様子の隊長さんを必死に宥め部屋に上げ、忘れていた夕食を食べながらどうにか納得してもらい、疲れが取れたのか増したのか分からない体を引き摺ってその日は自室に戻ったのだった。



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