噂話

「ねぇねぇね〜えっ」

「えっと……」

「ちょっとだけ!いつも何してんのか教えてくれるだけでいいからさぁ〜」

「それはー、ちょっと……」


相談の電話が長引いてまた帰る時間を過ぎてしまった日。疲労やストレスからかテンションの可笑しい絹山先輩に捕まった。他の人達は帰ってしまった風紀室で執拗に質問されるのはいつも夕食を一緒に食べている人物について。
帰るのがだいぶ遅くなった時、東雲君に会う時間は大丈夫なのかと訊ねられたのを聞かれて以来度々質問責めにあっていた。

少しでも話してボロをだしたら堪らないとなあなあに誤魔化しているのだが。以前男を簡単に部屋へ上げるなと忠告した人だと知られてからは更に聞き込みに熱を入れだされちょっと参っている。相手が誰なのかは一先ず良いから何してんのか話せ、だなんてそんな事どうして聞きたいのかは……絹山先輩の趣味を考えれば分かるから今更訊きはしない。

取り調べみたいに言葉巧みに引き出すのではなくストレートに聞いてくる分かわし易くはあるけれど、かわしてもかわしても尚食い下がる絹山先輩にそろそろ俺も苛立ちを感じ始める。思わずちょっとキツめに言い返そうかと口を開いた瞬間、パーンッと軽快な音が絹山先輩の頭から響いた。


「あたっ!」

「喧しいですよ副委員長」


声の方を見れば机で書類を捌いていた筈の東雲君が顔を顰めて溜め息を吐いていた。その手には白いハリセン。……作ったんだろうか。
一瞬驚いたがほっと息を吐き手刀を口に当て目礼する。それをチラ見した東雲君は気にするなとばかりにヒラヒラとハリセンをぶらつかせた。


「いったいなぁもう。叩くなんて酷いじゃないかい」

「人のプライベートに無理矢理首突っ込むような人の方がよっぽど酷いですよ」


口を尖らせて言われた抗議を無惨にも叩っ切った東雲君は机上に書類を積み上げる。それに渋い顔をした絹山先輩はグチグチと文句を言いながらも漸く落ち着いたらしく俺にしつこくてごめんね、と謝ってきた。


「それに……今更だけどごめんね〜。その人との時間もあれだけど、勉強とかも大変なのに遅くまで残させちゃってー……」

「いいえ、そんな……」


分厚い紙の束を撫で嘆息する先輩に軽い否定だけ返す。
少しでもお手伝い出来て嬉しいです。とか、ちょっと前なら言えたかもしれないけど今はそんな社交辞令を口にする事さえ躊躇うくらいにしんどい。体力、こんなになかったっけ俺。

への字になりそうな口をヘラッと笑いに変えて誤魔化す。絹山先輩の事だから空元気っていうのはバレていると思うけど何も言わずに苦笑された。


「……何にせよ、転入生の騒動さえ終わったら少しはマシになるでしょう」

「そうですよ。早く風紀で何とかしましょう!」

「んー……」


東雲君の言葉に気を取り直して鼓舞するよう言ったのだが、どうにも歯切れの悪い様子に首を傾げる。何か可笑しい事を言っただろうか。東雲君も眉を潜めて絹山先輩を窺い見る。


「……副委員長?」

「そうだなぁ〜。二人にはいつも頑張ってもらってるから止めとこうって思ってたけどー……」

「?」


虚空を見ながら何事か呟いた絹山先輩の目がゆっくりと俺達二人を捉えた。戸惑う俺達に絹山先輩はにっこり笑うと口許に手を当てちょいちょいと指先で呼ぶ。何なんだと不安になりながら耳を寄せた俺達に、声を潜めた絹山先輩は困ったような、でも少し楽し気な声で話し出した。















「どう思う?」

「うーん……」


帰り際持ってきたお菓子を摘まみながら帰宅の途につく俺と東雲君。難しい顔で歩きながら考えるのはさっき聞かされた内緒話。ちょっとした頼まれ事だったのだが、その内容は理由を聞かされなかったのもあり疑問の浮かぶ物だった。
唸りながら包装紙をクシャクシャと丸める東雲君を横目に綺麗な紙を剥ぎ取ったお菓子を口にする。どうしたもんかな……ってうわ。このチョコ洋酒利き過ぎ。


「あ。そーいや話変わるけど。吉里は転入生と同室の奴等に直接会ってたよな」

「、ぅえ、あ、はい」

「……やっぱり、そっちには問題無さそうだと思うか?」


想像とは違う口内の苦味に舌を出している最中聞かれた事を頭の中で反復する。山本君については絹山先輩の語る王道とやらの話だと転入生である皆瀬君に振り回されていっしょくたにされているだけとの事だが、校内の噂ではどちらの人物も随分と乱暴で自己中心的な人格だと言われていた。
でも、実際会ってみての感想はそれとかなり違う。普通で、割りと良い人そうな印象。その事を東雲君に話したらとても不可解そうな顔されたっけ。
色々と思い返しながら空を見上げる。そして舌にまとわりつく苦味を飲み込んで、口を開いた。


「俺は、」

「!しっ」


体の前に腕を出され立ち止まる。曲がるのと逆の方向から、ガサガサと紙を捲る音とヒソヒソと話す人の声が風に乗って微かに聞こえてきた。
考え事の為に少し遠回りなこの道は、滅多に一般生徒は来ない筈。風紀委員だとしてもこんな時間にこんな辺鄙な場所へ来るかどうか。一体何を話し合っているのか。……何を企んでいるのか。
また制裁とか悪戯とかの計画を立てているんだったら堪らない。チラッとこちらを見た東雲君に頷き音を立てないよう気を付けながら建物を伝い回り込む。挟み込む位置にある木に隠れた所で合図を送ると、東雲君は彼等へ向かってゆっくり足を踏み出した。


「風紀だ。そこで何をしている」

「げっ、風紀……!」

「!待てっ」


ザッと草を蹴る音は狙い通り俺の方へ走り寄る。一瞬息を止め緊張を抑え込むと、木に近付いて来た人物の腕を掴んだ。


「なっ!?」

「すみません。ちょっと待っ、てっ」

「っショウ!」


掴んだ腕を強く引かれたたらを踏む。同じ位の体格だし、不意打ちならどうにかなるだろうと思っていたがなかなか力が強い。兎に角何かしら言葉を掛けて止まってもらおうと見上げた顔は、知っているものだった。


「山本、君?」

「っ!ハル、待て」

「ゲフッ!?」

「……あ。わり、やり過ぎたわ」


殴り掛かってこようとしたらしい人物を、寸前で山本君が蹴り飛ばした。ズシャッと地に伏したのは、たぶん幾島君。咳き込む様子に大丈夫だろうかと冷や汗を垂らしていると視線を感じて顔を向ける。視線の主である山本君は、何やら顎に手をやりまじまじと俺を見ていた。


「あー……吉里……、か?」

「はいっ」

「……あー、うん。吉里だな」


憶えてもらえていたのかと喜んで返事したのだが、うんうんと頷く様子は確信して言った訳では無かったのだと伝える。あれ?じゃあ今何で判別されたんだ?



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