スポーツ大会について

白い雲が流れる青い空を仰ぎ眠い目を擦って欠伸を吐く。最近寝てもあまり疲れが取れなくなってきた気がする。睡眠時間が少し足りないのも原因かもしれない。若さに任せた無茶はそんなに続かないかー、なんて考えながらページを捲っているとパタパタという足音と明るい声が聞こえてきた。


「おっはよ〜って言ってもお昼だけどー」

「はい。おはようございます」


ベンチから立ち上がり、ピョンと跳ねるように飛び付いてきた体を抱き止める。体に反して小さくない衝撃を耐えながらニコニコと笑う葵君に笑い返した。

充電だと言ってきた日以来、葵君は会えばこうして抱き付いてくるようになった。男子高校生としては如何なものかと思っていたがいつの間にか俺も慣れてしまっている。葵君の体格や雰囲気が高校生らしくなく抵抗感が薄いのが慣れを増進させているのだと思う。……本人には言えないけれど葵君、小さいし。クラスでも弟みたいな扱いされているみたいだし。
故郷にいる従弟と身長もそう変わらないからなぁ、と考えながら擦り寄る頭を撫でていると、後ろから怜司君が葵君ごと捕まえるようにのし掛かってきた。


「お、重いです……」

「ぼくもキツイんだけど……!」

「えー。いーじゃんいーじゃん」


更に体重を掛けられぐへっ、と呻く。それに釣られてか葵君はぶら下がるような体勢になって、ダブルで重いし二人とも遠慮無く力込めてくるからなかなかに辛い。兎に角倒れないようにと必死に足を踏ん張った。
あの日以来、葵君と同様に怜司君も抱き付いてくるようになっていた。これも慣れてきたから良いけど、重い。怜司君の場合は抱き付いてくるというよりも挟み込んでくるみたいな感じだ。藤澤君には団子かと呆れられたな。俺は次男か。
二人は一頻り楽しそうにじゃれると満足したように離れた。


「あ、お勉強してたの?」

「はい。そろそろテストもありますし」


ベンチに広げたままのノートや単語帳を畳みスペースを空ける。ポンポンと席を叩けば横に並んで座ってきた。


「中間、勉強教えてもらいたかったのになぁ……」

「すみません……」


風紀が忙しくなり過ぎて二人ともお昼ぐらいにしか会えないでいる。空き時間もほぼ課題とかで費やされてるしなぁ。
眉を下げて謝ると怜司君が慌てた様子でブンブンと手を振った。


「あ。別に気にすんなよ?どうにかするし」

「そーそー。さとしは自分で頑張んなきゃ」

「……う〜ん」


がっかりと項垂れ肩を落とす怜司君を葵君が茶化す。勉強が嫌いな怜司君は一人でやるとどうしても気が散って進まないらしい。だからって人とやっても遊ぶのは前回の勉強会で分かっているのだけど。
苦笑しながら弁当を広げる。それを見て二人も各々の昼食を取り出し、揃って食べ始めた。


「クラスの方はどうなっていますか?」

「あ、昨日チーム決めがあったぞ」

「ゆーまはぼくらといっしょね」


チーム決め……あぁ、スポーツ大会の。競技はサッカーだったか。
他のメンバーの名前を聞きながら顔を思い出していくがどうにも記憶が怪しかった。
少しでもクラスに馴染んでいこうと決心して以来、積極的に話し掛けるようにはしているけど教室にいるのは授業の時ぐらいな為やはりあまり仲良くなる機会が無い。グループになっても授業内容についての話だけで私語はしないし。スポーツ大会を切っ掛けに少しは馴染めたり……できないかなぁ。
こっそり溜め息を吐いている内に話は進む。


「葵は吹っ飛ばされないようにしなきゃな〜」

「むぅっ。そんなに弱くないもん」

「どーだか」

「だいじょーぶだもん!」


さっきの腹いせか怜司君が葵君の頭をグリグリと掻き混ぜる。それに怒った葵君はペシンと手を叩いて振り払うと俺の方を向いた。


「ゆーま!ぼく、頑張るからね!」

「……うん。俺も頑張りますね」


小さい体を精一杯伸ばして宣言する姿が、同級生に言うのもなんだけど微笑ましくて口が緩む。俺も馴染めるかな、じゃなくて仲良くできるよう頑張ろう。
上げられた掌にタッチしながら返せばとても満足そうに頷かれた。手を伸ばしてきた怜司君とも合わせると、でも、と首を傾げられる。


「スポーツ大会、ちゃんとあるのか?」

「……あー」

「転入生のせいで中止になったりとか」


怜司君の言葉に唸る。新入生歓迎会は一応開催されたけど、今の学園の状況を考えればそうなっても不思議じゃない。折角やる気になっているのに中止になっちゃうのは嫌だなぁ……。


「じゃあ!まずは打倒てんにゅーせーだ!」

「あ、はは」


葵君に転入生である皆瀬君と会った事は……伏せていた方がいいだろうか。相当嫌っているみたいだし。悪い人ではなさそうだけど、あくまで俺の勘だし。ちゃんと色々はっきりして騒動が終わるまでは黙っていよう。

早く問題を解決するためにできる事は何かと考えながら、立ち上がって何かに燃える葵君を宥めて空のお弁当箱を仕舞った。



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