お邪魔します





課外活動の無い生徒達が帰り始める放課後のまだ早い時分。ノックに入室の許可を出すと軽い音を立て扉が開く。積まれた書類を脇に寄せ、入ってきた人物を鋭く見据えれば肩を竦めて舌を出された。力の入る眉間を揉み苛立ちをどうにか抑える。腹から込み上げる鬱屈した気分を吐き出し、呼び出しの理由を訊ねる相手へ問いを差し向けた。


「何故昨日、お前が吉里を迎えに行った」

「えー?あぁ。昨日はちょーどマサやんとお喋りしててさぁ。電話タカからのって事で僕も一緒に聞いてたんだよね。それでだよ」

「だから。何であいつじゃなくお前が行ったんだ」

「え〜?だって心配だったんだもん。あんな大人しい子が不審者と遭遇だなんて心臓止まるかと思ったし」


些かも悪びれず話す友人に目を眇る。仕方無い、と言う理由は確かに自分も感じた物だったが。お互いその衝動だけで行動に移せるような立場で無いのは、こいつも分かっている筈だ。


「……お前と共にいた所を親衛隊に見られたそうじゃないか」

「あー。そっちはそっちでなんとかしたしするしぃー」

「…………」


手をひらめかせ事も無げに言う友人に益々頭が痛くなる。ではどうする気なのかと開き掛けた口は、それに、という言葉に遮られた。


「なんかあの子けっこー聡いって話じゃん?マサやんがそれっぽい理由付けて一緒に帰ろうとしても逆に不審がられて簡単には動いてくれないんじゃないかなーって」

「それは……」

「でしょ?んなら僕みたいに強引に引っ張ってったほうがすぐ済むってね。そんな危ないとこ早く連れ出したいしー」


反論を述べる前に出された尤もらしい理由に苦々しく溜め息を吐く。口も回るが頭も回る友人の事だから何も考え無しだとは思わなかったが。それでも文句の一つや二つぶつける気でいたというのにそれすら言わせる気は無さそうだ。
まぁこいつならば立ち回りも俺より自由にきくだろうと諦め言葉を飲む。そんな俺に満足そうに頷いた友人は笑って小さく付け加えた。


「それに。ちょーっとやっときたい事あるしね」

「やっておきたい事?」

「そ。まだ秘密〜」


如何にも可笑し気に口角を吊り上げる友人に不穏さを感じる。だが秘密だと言った以上梃子でも口を割らない友人は、今日は忙しいから、と言って踵を返した。


「……あ、そうそう。今日吉里くんここ来ないから」

「は?」

「昨日の今日で来させるわけいかないでしょ?吉里くんにも来ないようにもう言ってあるからそれ終わったらとっとと帰りなね。寄り道すんなよ〜」


いつの間に。
閉口する俺を友人は扉に手を掛けたまま振り返り、また愉快そうな笑顔を見せる。


「あー。あとでちょっと部屋行くから。ほんじゃ〜ね。……お楽しみにぃ」


最後に妙な声色を残し友人は軽快な足取りで部屋を出て行く。来た時と同じ音を後に閉まった扉を見送って背凭れに身を沈めた。





……確かに。昨日や歓迎会の日あった事を考えれば生徒会室に来る事は危ない。だからその危険をどう回避させるか、という事を思案していたがしかし。来させない、という選択肢が頭から抜けていた事に愕然とした。


椅子に深く背を任せ腕を額に当てる。彼に入れ込んでいるという自覚はあったが、思っていた以上に会う事へ執着していたらしい。……危険がある以上、いい加減突き放すべきか。しかし既に手遅れな気がしないでもない。それは先の懊脳が示している。あまり踏み込み過ぎないように、と自制していたつもりだったんだがな。
自嘲に口が歪む。……一応ここ以外に、寧ろここ以上に安全に会える場所は有る。しかしそこはあまりに踏み込み過ぎるのではないかと敬遠していた所だ。今更かもしれないが重ねて未練が増すだろう行為をする気概は持てない。

では。今日はこれで良いとして、明日からはどうしようか。やはりもう会うべきでは無いのか。
けれど顔合わせで初めて会った時のように冷たくあしらう事は、もう簡単に出来なさそうだ。彼の傷付いた表情は想像ですら胸が痛く、実行しようにも失敗に終わりそうな気がする。
だからと言ってまたこの生徒会室へ呼び出し辺りを彷徨く者の目に留まらせるような真似はさせられない。


煩悶に嵌まりそうな思考を髪を掻き混ぜる事で振り払い姿勢を正す。そして悩むより先に終わらせてしまおうと残りの書類に手を伸ばしたのだが、普段よりも作業の効率が悪い事に舌打ちをしたい気分になった。





その後も止まりそうになる手を動かし続け何とか急ぎの物を終わらせてから帰宅の途に着く。友人が後から来ると言っていたがもうシャワーを浴びて寝てしまおう。どうせ用などろくでもない事に決まっている。
湧いた疲労感を吐き出して自室の鍵を開けた。


そして開いた扉の先、部屋に明かりが点いている事に瞬く。もう来ていたのかと溜め息を吐き掛けると、思いもよらぬ人物が顔を出した。


「あ、おかえりなさい……?」

「…………え?」



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