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「いーんちょー……痛かったんだけど…」

「あぁ、悪いな。つい角で殴り付けてしまった」

「ぜんっぜん悪がってるように見えない……」


シクシクと顔を伏せる怜司君を放った藤澤君は埃を払うように平手ではたいたノートを俺に差し出す。それは前回俺が貸してと頼んでいた物だった。藤澤君に武器を持ってこさせたのは俺か。ごめん。
泣き真似を続ける怜司君と呆れた顔で頭を撫でる葵君を暫く見ていた藤澤君はふと思い出したように俺へ顔を向けた。


「あぁそうだ吉里。ちょっと良いか?」

「え?あ、はい」


ちょいちょいと小招く手に従いベンチから立ち上がる。不思議がる二人に藤澤君は直ぐに済むからと言って歩き出した。


「先ずは、俺と兄から吉里に差し入れだ」

「へ?」


建物の影になった所でポンと何かを渡される。右手に健康ドリンク二本、左手にチョコレート。驚いて顔を上げると藤澤君は悪戯っぽい顔で人差し指を立てた。


「遅くまで勉強するのもいいが根を詰め過ぎるなよ」

「えっ、そんな、ノートを借りている上にお菓子までって……」

「俺と兄が勝手にやりたいと思ってやっているんだ。気にせず貰っておくと良い」


戸惑う俺が面白いのかクスクスと可笑しそうに笑われる。気を使わせて申し訳無いがそう言われてしまったなら有り難く受け取っておく事にしよう。
こういうドリンクは飲んだ事無いな、とラベルを見ていたら藤澤君がそれで、と話を切り出してきた。


「昨日の夜は大丈夫だったか?何事も無く帰られたのか?」

「へ?何もありませんでしたけど……?」

「……あぁ、昨晩外を歩いていたら吉里を見掛けてな。何かあったのかと気になっていたんだ」


げ。と飛び出し掛けた言葉をギリギリ飲み込む。……あれ見られていたのか。どの辺りを見られたんだろう。隊長さんとお喋り中とかだったら……ヤバかな。隊員さん達に話しはしてあると思うから妙な噂にはならないだろうし、藤澤君は変な解釈をする人だとは思わないけど。
一瞬小さく跳ねた体を無理矢理落ち着かせ天蔵先輩用に考えていた言い訳を口にする。


「あー、特別棟の方でちょっと落とし物をしたみたいで、探していたんですよ」

「そうか、何か大事があったのならと心配したよ。丁度寮に入って行く所だったから声を掛け損ねてな」

「あぁ、そうだったんですか」


寮に入る直前だったか。良かった、とりあえずセーフかな。
さっきの先生と対峙していた時並みに強張っていた肩を下ろす。勉強会の時といい、藤澤君は何を知っているのか分からなくてたまに怖い。……そう言えばその問題もあったな。
一度は安堵した筈の背筋がヒヤリと寒い。ジィッと俺の様子を観察する藤澤君の反応をハラハラしながら待つ。


「……うん、大丈夫のようだな」

「はい?」

「いや。……メールで聞こうかとも思ったんだがやはり直接聞くべきだろうと思ってな。無事で何よりだ。時間を取らせた」

「……いえ、心配してくださってありがとうございます」


……裏は無いように思うんだけどなー。読めないなぁ。
安心した顔で笑う藤澤君にヘラッと笑い返す。心配されていたのは本当だと思うので気にしないようにしよう。疑問を解く為思い切って訊ねるには失敗のリスクが高い。俺の予想と違っていて逆に変な疑いを持たれてしまったらそれこそ俺の蚤の心臓が潰れる。
藤澤君が何か言ってくるまではそっとしておく事にして、貰った物を大事に抱え直した。



そしてもう一つ浮かんだ問題に内心頭を抱える。
隊長さんと初めて会った時から気になっていたが、いい加減夜にこのまま特別棟へ行くのは危ないだろうか。

知らない人だったら基本スルーされる俺だが顔見知りの相手には訝しまれても可笑しくない。風紀のメンバーだったら確実に変だと思われるだろう。棟の見回りがいない時間をみて行っていたが藤澤君みたいに偶然見られる可能性は大いにあるのだ。寧ろ今まで見付からなかった方がおかしい。


先輩に大口叩いて行っていたから気にしないでいつつ、最大限警戒するに留めていたがそろそろ見ない振りは出来ない。帰りは兎も角日が長くなるこの先、行く時間によっては目撃された時顔がバレ易くなる。

やっぱり怪しまれない程度に変装でもした方が良いだろうか、と頭を悩ませながら葵君達の方へ戻った。



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