「じゃあ、またね」

「うん、おやすみ…」


おやすみ!と手を振り去っていくナマエの後ろ姿を見つめながら、僕は小さくため息をついた。



ナマエと恋人同士になって早数か月。彼女との関係はいたって良好だ。

僕が一方的にある悩みを抱えているという点を除いては、だが。


最近は付き合いはじめのころよりも、ナマエが僕の家に来たり、逆に僕がナマエの家に行ったりすることが増えてきた。

恋人と部屋に二人きりなんて状況になったら、邪な気持ちを抱いてしまうことも当然あるわけで。

しかし、僕とナマエはいまだに“そういう関係”には至っていない。

突然迫って嫌がられたらどうしようとか、華奢な彼女の負担にならないだろうかとか、いろんなことを考えてしまって、結局キスやハグだけに留めてしまっている。

今だって「泊まっていかないか?」の一言が言えないまま、ナマエを自宅まで送り届けたところだ。


帰宅してベッドに倒れこむと、再びため息が零れた。

戦いの時は、こんなに躊躇することなんて無いのに。

自分のあまりの恋愛経験の乏しさに、心底情けなくなった。




翌日、任務を終えて家に帰ると、ドアの前に一匹の猫が座っていた。

僕に気がつくと、こちらにやってきて足元をうろうろと歩き回る。


「やあ。どこから来たのかな?」


首輪は付けていないが、健康そうで汚れもなく、それどころかとても美しい毛並みで、どう見ても野良猫じゃない。

きっと近所の飼い猫だろうと思い、特に気にもかけずに家のドアを開けて入ると、なんとその猫は僕についてきて一緒に家に入ってきてしまった。

そして僕の足元にちょこんと座りこむと、じっとこちらを見上げてくる。

無言で見つめ合う、僕と猫。


「……えっと、」


よく見ると、毛や目の色がナマエそっくりで、とても可愛らしい。


「…ナマエ」


ぽつりと呟くと、僕の顔を見ながらニャアンと鳴く目の前の猫。

その場にしゃがんで手を差し出すと、自分からすり寄ってきた。


「ははっ、ナマエが猫になったらこんな感じなのかな…なんて」


僕の手に体をピッタリと付けながら、猫は再びニャア、と小さく鳴いた。




僕から離れようとしないその猫を邪険に扱うこともできず、さてどうしようかと考えているうちに、その子はソファに腰かけた僕の膝の上に収まってしまった。

なぜこんなに懐かれているのか分からないが、僕も僕で、なんとなくナマエに似ているせいかだんだんとこの子への愛着が湧いてきてしまった。


「ナマエ、か……」


膝の上の猫の頭を撫でながら小さく呟くと、ふっとこちらに向けられるふたつの瞳。


「……聞いてくれるかな、僕の悩み」


こんなこと、誰にも話せないと思っていたけど…。



「……付き合ってるのに、なかなか先に進めないんだ…好きすぎて」


「ナマエと二人でいると、彼女の全てに触れたくなるし、もっともっと愛したいと思う。でも…」


「大切にしたい、傷つけたくない、嫌われたくない………いろんなことを気にしすぎてしまって」


「…どうしたらいいと思う?…なんて、」


答えるはずのない相手に問いかけている自分に、思わず自嘲的な笑いが零れる。

けれど僕の方をじっと見つめる膝の上の猫が、なにか言いたげなように見えて…。


しばらくそうして膝に猫を乗せていると、その子の体温で暖かいせいか、ぽかぽかとした心地よさに包まれていく。

襲いくる眠気に逆らうことができず、同じく眠そうな猫の背を撫でながら、ゆっくりと瞼を閉じた。




目を覚ました僕は、目の前に広がる光景に驚きのあまり呼吸をするのも忘れて硬直した。

一糸纏わぬ、産まれたままの姿のナマエが、僕の膝に頭を乗せて眠っている。


「な、な…なん…っ!」


傷一つない美しい肌。

女性らしい、丸みを帯びた輪郭。

腕の下に見え隠れする豊かな膨らみは、ナマエの呼吸に合わせて上下している。


初めて見る彼女の体に思わずゴクリと生唾を飲み込むと同時に、自分の体がどんどん熱くなっていくのを感じた。


「ん……あれ、戻って……っ!!!」


ほどなくして目覚めたナマエは、自分の状況を把握すると一瞬にして顔を真っ赤にした。

何とか体を隠そうとしているが、それももう手遅れで。


「ナマエ、これ、は…その、どういう…っ」

「ち、違うの!!いや、違くないんだけど、そうじゃなくて、ええと…!!」


必死に説明しようとするナマエをよそに、僕の視線はどうしても彼女の体の方に向けられてしまう。

申し訳ないけれど、正直今は説明を聞いている余裕なんてない。

見ないように、考えないようにとしていたけど…もう……


「すまないナマエ、もう限界だ…!」

「え?!ちょ、すてぃ…っ!?」




その後、ナマエが気を失うまで抱き潰した僕は、目を覚ましたナマエから彼女の身に起きた不思議な現象と、謎の猫の正体について知らされることとなった。


「一時はどうなることかと思ったけど……スティーブの本音が聞けて、嬉しかった」


でも毎回こんなだと体もたないから勘弁してね、と苦笑いするナマエを前にして、果たしてどれだけその約束が守れるだろうかという一抹の不安が、僕の頭を過った。



ある日の不思議なできごと。

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ねこのしっぽ様、リクエストありがとうございます!遅くなってしまって申し訳ありません!
とっても可愛らしいリク内容で、私も楽しく書かせて頂きましたが、ご希望のものになっていますでしょうか…?
少しでも楽しんで頂けたら幸いです!
また応援のお言葉もありがとうございます!今後も頑張って運営していきたいと思います^^
改めまして、この度はありがとうございました!


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