三、



「ナマエー!!!!いたら返事しろー!!!!!」

がむしゃらに駆け、大声を張り上げる。驚いた鳥たちが一斉に飛び立っていった。裏山といってもどこを探したらいいのか見当もつかないので、とにかく走り回るしかない。はじめ足跡を追おうとしたが、今朝まで降り続いた大雨のせいで何もかもかき消されてしまっていた。
それにしても裏山なんて、ナマエは一体何の用があって…。

「まさか、」

帰ってしまったのだろうか。彼女の時代へと。
私の足は自然と、最初にナマエを見つけた場所へと向かっていた。



***



いま、何時ごろなんだろう。赤黒く腫れ上がった足首を動かさないようにしつつ、横になったまま空を見上げる。夜通し降り続いた雨はとっくに上がって、一面の青空が広がっていた。太陽の位置からして、既に昼は過ぎている。
今朝起きてから、足だけでなく頭も痛み始めた。おまけに体が熱い。これは十中八九、風邪をひいている。天候とは逆にどんどん悪くなっていく状況に絶望し、そっと目を閉じた。

昨日、急いで学園へ向かう私を嘲笑うように、雨は勢いよく降り出した。そして、たちまちぬかるんだ地面に足をとられ、勢いよくすっ転んだうえに片足を捻ってしまった。あまりの痛みと足元の悪さに歩くこともままならず、さらに強まる雨の中なんとか岩陰まで這って移動し、全身ずぶ濡れで泥だらけのままここで夜を明かした。
誰か、気がついて探しに来てくれないだろうか。初めはそう思ったが、異常に存在感の薄い私の不在に気づいてくれる人なんて、七松くん以外にいないだろう。その七松くんは先日、しばらく校外実習があると言って出かけていった。しばらくって、一体どのくらいだろう。もし数日とかでなく、一週間とか、それ以上かかるようなものだとしたら…。朦朧とする意識の中、そんな考えがぼんやりと浮かんでは消えるのを繰り返した。

ただの風邪だったとしても、こんな所で薬もなく飲まず食わずでいたら、すぐ死んでしまうかもなぁ。徐々に朦朧とする意識の中、まるで他人事のようにぼんやりと考える。そして、七松くんの顔ばかりが脳裏に浮かんでは消えた。

思えば、七松くんにはずっと助けられっぱなしだった。最初もそうだし、学園でお手伝いをするようになってからも、様々なことの勝手が分からずオロオロする私にすぐ気がついて、駆けつけてくれた。一人ぼっちの私の隣に来て、星空を眺めながらいろんな話をしてくれた。彼の太陽のような笑顔が、不安で押し潰されそうな私の心を救ってくれた。
七松くん、会いたいよ。七松くん……。

「ナマエ」

遠くから、名前を呼ばれているような気がした。七松くんの声がする。夢か現実か、それさえもよく分からない。私の願望による幻聴かもしれない。それでも、藁にもすがる思いで、必死に目を開け、声を絞り出す。

「な…まつ、く……」
「ナマエ!!!ナマエ!!!!」

ぼやける視界のなか、黒い影が徐々に人の姿を象っていく。目の前に現れたその人は、傍に膝をつき、勢いよく私を抱きしめた。

「ナマエ!!しっかりしろ!!」

あぁ、やっぱり、七松くんだ。
すばやく横抱きにかかえられ、ものすごいスピードで移動していくのを感じつつ、私の意識は遠のいた。


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