四、



七松くんに助けられて学園に戻ってから、風邪と捻挫を治すのに一週間以上を要した。初期治療ができず悪くしてしまったためだ。その間、毎日のように七松くんがお見舞いに来てくれた。

「ずぶ濡れで倒れたナマエを見つけたときは、心の臓が止まるかと思ったぞ」

風邪も治り足の包帯も外れ、もう大丈夫と伝えた私に、七松くんはいつもの太陽のような笑顔でそう言った。物が少なく殺風景な私の部屋も、彼がいるだけでなんだか少し華やかに見えるような気がするから不思議だ。

「あのね、七松くん」
「うん?」
「ちょっと考えてたんだ。みんなに私の不在に気づいてもらえるように、何か策を取った方がいいのかなぁって…」

ここ数日ぼんやり思っていたことを、ぽつぽつと喋った。
今回は運よく七松くんに助けてもらえたけれど、いつもそううまくいくとは限らない。今後こんなことにならないよう私が気をつけていればいいだけの話かもしれないが、何が起こるか分からないのだから用心に越したことはないだろう。とはいえ、特にこれといって具体的な対策が思い浮かばない。

「七松くん、何か良い案ないかな?」
「…対策なんて必要ない」

予想外にバッサリと言い切られてしまい、驚いて彼の顔を見上げる。腕を組んで口をへの字に曲げた七松くんが、私を見つめていた。

「ナマエは私が見つけるんだから、必要ない」
「で、でも、七松くんに頼りっぱなしじゃ申し訳ないし、それに七松くんが卒業した後のこととか考えると…」

突然、言い淀む私の両肩が強い力で掴まれた。驚いて反射的に仰け反ろうとする体を逃さないと言わんばかりに、しっかりと。

「ナマエ!それなら良い策がある!」
「ほ、ほんと?」
「ああ!私が卒業したら嫁に来ればいいんだ!!」
「………は?」

何を言われたのか理解できず呆然とする私をよそに、七松くんは続けた。

「ナマエの存在を普通に認識できるのは私だけで、他の人たちには無理だ。そんな状態では、ナマエは普通に生活していくのは難しいだろう?だったら、私と一緒になれば問題ない。それが一番の解決策だ!」

なんだ簡単じゃないか!と笑う七松くん。あまりに予想外な展開に、私の思考が追いつくのにしばらく時間がかかった。

「だ、だめだよ七松くん!そんな理由でお嫁さんを決めちゃ…!」
「え、なんで?」

ようやく我に返って叫ぶように言う私に、七松くんは不思議そうな表情でコテンと首を傾げた。

「なんでって…もしこれから七松くんが結婚したいって思えるような人と出会ったとき、きっと後悔するよ?それにご両親がなんておっしゃるか…」

この時代、好きになった人と一緒になれる人の方が少ないということを知っている。七松くんのお家がどういう家柄なのかは全く分からないけれど、本人に選択の余地がない可能性だってあるだろう。そもそも、こんな突然現れた得体の知れない女を嫁にもらうなど、七松くんのご両親からしたら不安でしかないはずだ。

「ああ、それなら問題ない。私は後悔なんて絶対しないし、父上と母上は私が説得する!」
「そんな……そ、それに!私の気持ちはどうなるの!」

そう言うと、七松くんはようやくハッとして、まんまるの瞳で私を凝視した。

「ナマエは、私の嫁になるのは嫌か…?」

まるで、いま初めてそれについて考えましたと言わんばかりの様子。やっぱり七松くんはどこか抜けているというか、ぶっ飛んでいる。

「い、嫌とか、そういうんじゃないけど…そんなの考えたこともなかったし……」
「じゃあ考えてくれ!!」
「え、ちょ…」

よろしくな!!と大きな声で言うと、さっさと部屋を出て行こうとする七松くん。それを引き止めようと手を伸ばしかけたとき、七松くんはくるりと振り返って笑顔で言った。

「今回のことを抜きにしても、私が嫁にしたいと思うのはナマエだけだからな!!」

ぴしゃりと小気味いい音をたてて部屋の戸が閉まる。一人部屋に取り残された私は、あまりの急展開に頭をかかえた。七松くんと結婚なんて、1ミリも考えたことなかった。それに、あんなにあけっぴろげに好意を向けられた経験もないし、どうしたらいいのか分からない。それでも、不思議と嫌な気持ちにならないどころか、少し嬉しく思っている自分がいるのは、どうしてだろう……。

この日以降毎日のように「返事は?!」と迫られ、一月近く経った頃ついに首を縦に振ることになろうとは、この時はまだ想像もしていなかった。







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