dream | ナノ


Wishful  




 枯れ葉を踏んだ音で季節の移ろいや秋の終わりに思いをはせることができるほど、感受性の豊かな人間であるつもりはない。最初からそれは私の中で決まっていた行動でしかなかった。数歩先を歩いて、私を置いていく彼に対する不満の表明。「待って」と言うのはなんだか癪だった。私が待ってほしいと口にすれば、彼は少しだけ待ってくれる、かもしれない。優しさや愛情からではなく、単なる一時の気まぐれで。
 彼の頭の中は、帰ってからとりかかる作品の構想で占められている。今視界の中にあるものから、あるいは過去の出来事とのシンクロから、彼がインスピレーションを得ている限り、それは続く。彼にとって特別なことなど何もない。どこにいようが、誰が傍にいようが、彼にとって大事なことは一つだけと決まっている。
「なあ、袋持ってるか」
「袋?」
「ちょうど良さそうなもんあったから」
 そう言いながら彼が私の方を振り返って、握りしめていた手を開いた。掌にはいくつかの石と、木の枝。
「持ってない」
「あっそう、そんなら仕方ねえな」
 瞬時に私に興味を失ったかのようにそらされる視線が、少しだけ悲しい。また一歩一歩彼が進んでいくごとに、距離が開く。私は迷子だ。彼がどこへ進んでいるのかも今何を考えているのかも、わからないのに、彼について行くしかないのだから。彼をおいて帰ろう、という考えはもともとなかった。「彼のことを放っておけない」? いや違う、そういう体でいるだけ。彼はそれに気づいているだろうけど、一言も揶揄するようなことは言わない。優しいとも、残酷とも言える曖昧な態度。無意識からか、彼もさっきの私と同じように落ち葉を踏んで、音を立てている。ところどころ絵具がついている彼のブーツが、赤く色づいた葉をさくりさくりと踏みしめていく。
「オマエ、帰らなくていいの?」
「別に…どうせ暇だし」
「ふうん」
 あっさりとそこで会話は途切れた。それ以上彼が何も言わなければ、終わり。二人の間で決めたわけでもない勝手なルールは、今日もちゃんと機能している。作品のための材料を集めることが彼の目的であって、その他のものは「ついで」に過ぎないのだから、私が今以上の何かを求めることはお門違い。わかってはいる。期待などしていない。
 あるとすれば、彼が不意に消えてしまうんじゃないかという不安。彼はその時が来れば、未練なくここから去るだろう。そして今そうしているように、自分の作品にとりかかる。私は、どうしているだろう。塞ぎこむだろうか、それとも全てなかったことにして元の世界のことを考えるだろうか。いつ戻れるかもわからない、そこにもう自分の居場所があるかさえわからない世界のことを――
「おい、何ボーっとしてんだよ」
 目の前でひらひらと手を振って私の反応を確かめている彼と目が合って初めて、考え込むあまり歩みを止めていたことに気づいた。
「あ…」
「日も暮れてきたし、帰るぞ」
「もういいの?」
「オレ一人ならいいけどな。オマエと夜までだらだらして他の奴に怒られたらたまったもんじゃねえ」
 鄭和とかマジこえーし、と眉をひそめて呟く様子に嘘はなくて、少しだけ笑ってしまう。傍若無人な彼がたまに見せるそんな顔は、かわいい。私がくすくす笑っているのを見た彼は更に不機嫌さを増して、私を置いてさっさと歩き出す。
「そっちの道、逆方向じゃない?」
「Yuck! 俺が間違えることなんてあるわけねえ!」
 変なところで意地を張る彼に付き合わずとも、私一人で帰ってしまえばそれで済む。でも、迷うことがわかりきっている道に進むことを嫌だと思ってはいなかった。いつか分かれると知っているから、今はせめて同じところを意味もなく歩いていたい。彼と同じ景色を見ていたい。なんて儚い願い。
「待って」
 ようやく出た一言が彼に届いたらいいのにと願いながら、彼の歩幅によって開いて行く距離を、一歩、詰める。


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