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そんな始まりの話  




 これってどういう状況なんだろう、と考える。答えはさっぱり出ないながらも、何も考えないよりは程よい現実逃避になるので、今の私にとってはありがたい。目の前には黙々とご飯を食べている白河くんがいて、時折私の方を見てくる。
 もし私が白河くんと普段から仲が良かったり、付き合っている、とか、そういう関係であれば、今の状況に何ら不思議なところはない。あまり会話がないことも、「気の置けない仲だから」で済む。しかし、だ。
 私と白河くんの関係性について正直に言うと、「同じクラス」という他にそれほどない。
 なんなら、クラスは違っても白河くんと同じ野球部の人の方が、白河くんのことには詳しいだろう。全国レベルの野球部(ということだけ知っているものの私はさほど野球部の内情を知らない)のレギュラー。普通の人ならそれなりに自慢したりするものだろうに、白河くんにはそれを主張する様子は全くなく、同じ野球部の成宮くんのように野球部のことについて自分から話したりすることもほぼない。
 だからクラスの大半の女子がそう思っているように、私も白河くんについては「よくわからない」が本音だ。
 何を考えているのか。野球部でどういうことをしているのか。実のところどれくらい「すごい」のか(これは野球経験者しか理解できないのかもしれないが)。彼が自ら語ることがない以上、こちらが関心を持ったところで知ることは難しい。
 そんな白河くんと私がどうして昼休みの食堂でこうして向かい合って食事をすることになっているのか――答えはいたって単純。白河くんが私に「ちょっといいか」と言ってきたから。四時間目の情報が終わって、パソコンルームから出たところ。しかし私より先に、並んで歩いていた友達が「どうしたの?」と驚いて白河くんに聞き返す程度に、それは予想だにしないことだった。「大したことじゃない」と白河くんは言ったけど、白河くんが誰かに、それも女子に、話しかけることそのものが周りにとっては「大したこと」だと彼は多分わかっていない。
 白河くんについていけば話はすぐ終わるかと思いきや、「昼を食べながらでもいいか」と言われ、教室にもいづらくてなんとなく食堂に来て、今に至る。
 話を切り出すのはてっきり白河くんだと思っていたのに、ただただ無言の時間が流れる。放っておいてもいいけれど、このまま昼休みが終わるようなことがあったら午後の授業をもやもやしながら受ける羽目になる。さすがにそれはイヤだ。

「…白河くん。結局、話って何?」
「ああ……そうだったな」

 私が促したことでようやく思い出したのかはたまた話す決心がついたのか、白河くんは肉うどんを持ち上げていたお箸をすっと置いた。全然「食べながら」じゃないじゃん、と思いつつも当然ながら口には出さない。
 そんな私の困惑やツッコミを知ることもなく、白河くんはそれはもうあっさりと、言った。

「好きだ。俺と付き合って欲しい」

 まっすぐに告げられた言葉に、一瞬体が固まる。それはもう、文字通りに。
 そして最初に思ったのは、「何かのドッキリとか?」という疑いだった。野球部の中で何かの罰ゲームみたいなのをしていて、白河くんもそれを強いられているとか。ありうる。大体運動部なんてのは私のような文化系の人間をすぐそういうおもちゃにするに決まっているのだ(これは偏見)。

「……あの、いきなりそう言われても。私、白河くんのことあんまり知らないし。白河くんも私のこと知らないでしょ」
「そんなことはない」

 不服そうに眉を寄せた白河くんを見た限りでは、嘘をついている様子は見られない。私が知る限り白河くんはそういう悪趣味な嘘をつくタイプではないので、それは何ら不自然ではないのだけれど、かといって彼の言葉をそのまま受け取るほど私は能天気な人間じゃない。

「じゃあ、私のどこが好き?」

 面倒くさい彼女みたいな質問をしてしまったものの、それくらいしか彼の言葉の真偽を手っ取り早く見極める方法が思いつかなかった。嘘をついているならここでひるむだろうし、本当なのだとしたら一つくらいは出てくるだろう。
 そう軽く考えていたのが、私の運の尽きだったのかもしれない。

「誰にも嘘をつかないところ。声。苦手なことも努力するところ。他人の噂話をしたがらないところ。そんなに器用じゃないのにやれるように見せようとするところ。強がり。男の前で泣くのを嫌がるところ。あと」
「ちょちょちょちょ、っと、待って! 白河君」
「まだ最後まで言ってない」
「そうじゃなくて。その…そんなすらすら言われたら聞いてるこっちが本気で恥ずかしいから! っていうか、本気!? 冗談じゃなくて?」

 顔全体が赤くなっているであろう私を笑うでもなく、平然とした顔で白河くんは頷いた。

「だから、最初から言ってるだろ。好きだって」

 涼しい顔して何言ってるんだこの人――と思って改めて白河君の顔を見たら、さっきよりも少しだけ赤いような気がした。もしかして、白河くんも緊張してる? でも私に気づかれないようにしていたのかもしれない。伝わりにくい彼の努力が、不器用さが、なんだか笑っては済ませられなくて、どうしようもなかった。


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