dream | ナノ


ブランチタイムはカフェオレの香り  




*マフィアパロ
*twitterでの「#ダイヤマフィアパロ夢企画」で書いたものです。







 予定の時間より一時間くらい遅れている。
 それというのも、昨日クリス先輩と初めて組んで諜報の仕事をしていた沢村がそれはもう盛大にやらかしたことの弁明を全員の前で延々とでかい声でしてきたせいだった。「すいませんでしたァ!!」、「これからは師匠の言うことだけ聞いて励むことにいたしますのでよろしくお願いしやす!!」、と、まあ、言うことは立派だがそういうのは後日にボスだけに言っとけっつー話で、全員での集まりなんてそう時間をとられることもないだろうと気楽に構えていたこっちとしては「うるせえし早く帰らせろ」という気持ちにしかならない。
 隣にいた亮さんも同じことを考えていたのか、「そういうくだらない言い訳に俺らの貴重な時間を使わないでくれる?」と笑顔のまま言い切ってくれたので、まだ当分続きそうだった沢村の謝罪(とそれに付随する長ったらしい演説)は強制終了となった。ありがてえ。
 しょぼくれてる沢村のお守りはクリス先輩とかに任せるとして、俺は周りへの挨拶もそこそこに外へ出た。急ぎの仕事があるわけでもなく、何か約束があるわけでもない。ただ、いつも昼下がりには誰にも言わずにこっそり向かう場所がある。繁華街の喧騒を抜けて、お上品なハイブランドの店舗の前を横切り、静かな通りを入ったところにあるコーヒーショップ。
 店の中の人はまばらで、レジ係の女性店員も暇そうにしていた。「カフェオレ一つ。店内で」と声をかけると一瞬びっくりしたように目を見開いてから、「は、はい。450円です」と慌ててレジを打ち始める。釣り銭を受け取って一分くらいぼうっと突っ立っている間にてきぱきと他の店員がカフェオレを作っていく。こういう、なんてことのない流れ作業を見ているのは嫌いじゃない。
 カフェオレのカップがのせられたトレイを受け取ってから、隅の席へ向かう。いつもと同じ、外からは死角になっている若干薄暗い二人席。奥の方にはノートパソコンを開いた名前が神妙な面持ちでキーを叩いていた。

「今日も仕事か?」

 声をかけると、顔を上げた彼女と視線が合った。俺を見るなり「あ、倉持さん!」と微笑んで「どうぞどうぞ」と真向いの席を手で示す様子はいつもと変わらず、俺も遠慮せずに堂々と座ることにした。
 駆け出しの作家である名前は、大体平日の昼間にこの席でノートパソコンと向き合っている。本人曰く、「適度に雑音がある方が集中できる」らしい。たまに彼女の作品が掲載されている文芸誌や雑誌を本屋で目にすることがあるが、内容はハードボイルドというか、かなり血なまぐさいものが多い。今時そういう作風の女性作家は珍しくないと頭では分かっていても、目の前でいたって普通のOLのような格好をしている彼女がこれを書いたのかと思うと違和感がある。
 数週間前にたまたま入ったこの店で、名前は今日と同じくノートパソコンを広げていた。普段は一般人に絡むことなどしないが、その時はなぜか声をかけてしまった。初めは警戒していた名前も、今は毎日同じ時間に店に来て話すだけの俺にそれなりに気を許しているのか、原稿の話や取材に行った時の話など、なんてことのない話をしてくるようになった。「最初は何かヤバい人かと思いましたよ」と言って笑う彼女は、俺の仕事のことは何も知らない。言うつもりはなかった。一応この店に来るまでに尾行がある可能性を考えてわざと遠回りをしたり、店から出入りするときはすぐに銃を出せるよう警戒しているものの、どこから俺と名前のことが漏れて、俺の「仕事」に巻き込むかはわからない。
 まあ、それと――単純に、こいつとの時間を誰にも邪魔されたくないという気持ちがあった。御幸とかに知られても厄介だし。あいつなら平気な顔してずかずか店まで入ってきそうだ。想像したらムカついてきた。落ち着くためにやけくそ半分でカフェオレを一気に飲んでいると、「あの、倉持さん」と名前が話しかけてきた。

「なんだよ」
「ちょっと原稿読んでもらってもいいですか?」

 何か答える間もなく、原稿の束を目の前に差し出される。まだ修正中なのか、ところどころにペンで二重線が引かれていたり、横に「?」と書かれていたりするものの、一応最後までできているようだ。名前の作品にしては珍しく、十分足らずで読めそうな短編だった。


 主人公は、ある日突然都会のど真ん中に現れる。自分でもここがどこなのか、よくわからないまま街の中を歩きつづけ、出会う人たちにはどこかよそよそしい態度を取られてしまう。
 誰も自分が何者なのかを知らない。自分でもわからない。しかし、なんとなくこの街から離れがたい気持ちになっていた。足が向くままに歩き続けていたものの、ふと立ち止まる。眩暈がして、しゃがみこむ。近くを歩いていた見知らぬ女が『大丈夫ですか?』と心配そうに駆け寄る。ハイヒールが地面を蹴る音。それを、なぜか懐かしいと思った。

『大丈夫だ』
『でも、顔が真っ青です』
『もともとこういう顔色なんだ』

 わざと素っ気なく言って、彼女から離れようとした。何か嫌な予感がする。具体的に「何」かはわからない、相変わらず。

『いつどこで会っても、そう言うんですね』

 そう言って、彼女は寂しそうに笑った。離れていく彼女の背中を見て、主人公はようやく自分の記憶の中にわずかに残っていたものを思い出す。彼女の顔。声。この場所、この時間じゃない、どこかで出会った彼女は自分にとって確かに何か意味のある人間だった。
 それなのに彼女の名前だけが思い出せず、呼び止めることもできないまま、彼は立ち尽くしていた。


 ――と、要約すればそんな話だった。

「なんだこれ、SFか?」
「はい。たまーに巷で流行るタイムリープものです。あと記憶喪失」
「珍しいな。お前が死人の出ない話書くの」
「ひどい言い方ですね……まあ、そうですけど。編集の人に、『たまにはほのぼのした話を書いてください』って言われちゃったんで。ファンレターでも『恋愛小説とか読んでみたいです』とかもらったりするし」

 そう言いたくなるヤツの気持ちもわかる。こいつが普段書く話は、開始数ページで五人以上死ぬ連続殺人事件は起こるわ警察の汚職のせいで全く捜査は進まないわ主人公が話の半分以上はずっと犯人とその手先から命を狙われているわで、心が休まる暇のないものばかりだ。

「へー。いいんじゃねえの。でももうちょっと明るくできねえのかよ」
「それは無理です」

 まっすぐ目を見て言い切られると、「あっそ」としか返しようがない。よく知らねえけど、それで許されるのもすごいな。
 俺がもし仕事中に「それは無理です」なんて亮さんに言ったらどうなるかと思うとぞっとする。

「それにしてもよく思いついたな、SFとか」
「なんとなく思い浮かんだんですよね。毎日倉持さんと話してたら、なぜか……」
「……なんだよ」
「こんなこと言ったら、倉持さんは怒るかもしれませんけど」

 そう言われたら聞く前から軽く怒りたくなるのが人の心の難しいところだが、そこはまあ普段沢村のポカやらなんやらで鍛えた精神力で抑えるとする。
 それに、名前の顔は思いのほか真剣で、茶化すような雰囲気でもなかった。

「私、ある日突然倉持さんがぱったりこのお店に来なくなるんじゃないかなって、そんな気がするんです」
「…………」
「考えてみたら、私、連絡先も何も知らないですから…」

 そりゃそうだろ、だって俺まともな社会人じゃねーし。とあっさり言ってやれれば楽なんだけどな。通信機器の取扱いってのは年々シビアになってきている。気軽に一般人と連絡先を交換なんてしたらどこに何が漏れるかわかったもんじゃない。
 だからそんな言葉は無視すべきなのだが、机に置くタイミングを見失った原稿を見つめていると、そう無下にもできないような気になってきた。原稿の内容も、つまり俺がモデルってことだろ。ここまでどこで生きてるかわかんねえイメージ持たれてるのも心外だけど、それだけ気にされてるのかと思うと悪い気はしない。

「知りたいなら教えてやってもいいけど」
「え」
「でも、それならお前のことも全部教えろよ」

 一般人と連絡先を交換して本当の意味で「知り合い」になるということは、かなりリスクが高い。あらゆるマイナスの可能性は事前に潰しておく必要があるし、そのためにはメアドとかラインだけだと心もとない。住んでるところとか、仕事のもっと突っ込んだ話とか、普段どこに行くかとか、あらゆることを知っておく必要がある。ストーカーじみているが裏社会の人間と知り合いになるとはそういうことを意味する。
 だから下心はほとんどなかったつもりだったが、名前には俺の真面目な理由は全く通じなかったようで、急に顔を赤くして黙り込んでしまった。あ、と気づいた時にはもう手遅れで、俺が弁明するよりも先に彼女が口を開いた。

「……あの。それって、口説いてます?」

 違う、と言えばいいんだろうけど(実際そうだ)、もうそういうことでいいかという気もして、「そうだよ」と半分やけくそで言ったら、ぼぼぼぼと擬音が出そうなほどにわかりやすく顔を赤くした名前が、「反則です」と呟いた。どこがだよ。すげえ真っ当だろうが。


prev / next

[ list top ]


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -