dream | ナノ


ホームルームが始まらない  




*まだ付き合ってない頃(向井からは名前で呼ばれてる)





 夏だからどうしようもないことだとわかっていても、やはり暑さというのはいかんともしがたい。
 まだ八時過ぎくらいなのに教室にたどり着いた時には汗まみれになっていて、タオルや汗ふきシートを駆使してもちょっとした不快感はなかなか消えてくれなかった。今日は体育のない日だからまだ我慢できるけれど、もし午前中に体育がある日だったらと思うとぞっとする。
 しばらく椅子に座ってぐったりしていたものの、いつまでもそうしているわけにもいかないので、ロッカーから教科書やノートを出してきた。優等生なら毎日家に持って帰ったりするんだろうけど、そんなことを真面目にしていたら首や肩を痛めそうなので私はしない。最低限必要な科目の必要な分だけ持って帰って、持って来て、の繰り返しだ。
 予鈴が鳴る頃にはほとんどのクラスメイトが教室に入ってきていて、まだ来ていないのは一部の運動部くらいになった。私の隣の席も、そう。彼――向井くんは野球部だから、毎日わりとギリギリに入ってくる。

「あーっつ。クーラーマイナス五度設定にしてよ」

 無茶苦茶なことを言いながら教室に入ってきた向井くんはなぜか髪の毛をゴムでくくってちょんまげみたいにしていて、妙にかわいらしいことになっていた。「暑い暑い」とぶつくさ言って下敷きをぱたぱたしながら席にどっかり腰を下ろすところといい、あんまり野球部のストイックさは感じられない。いつものことだけど。

「おはよう、向井くん」
「はよ。はーマジ無理。暑すぎ」
「お疲れ様……髪形、どうかしたの?」
「あー、これ? 暑いし、すぐ汗で髪がべたつくからやだって言ったら乾さんがゴムくれたから適当にくくっただけ」

 乾さんとしては多分普通に後ろでくくるものだと思って渡したんだろうな、と思うと面白い。耐えようと頑張ったもののこらえきれずにちょっと笑ってしまった。

「何笑ってんの」
「いや、なんていうか…かわいいなって思って」
「は?」

 本気で意味がわからない顔をしている向井くんは、「かわいい?」「何それ」と不本意そうにむくれていた。男の子にかわいいって言うのはあんまり喜ばれないって、本当なんだ。でも前髪をゴムでくくって不機嫌な表情を浮かべている彼の外見のアンバランスさを他にどう称したらいいのか瞬時には思いつかなかった。
 しばらくむっつりと黙り込んでいた彼が「そうだ」と何か思いついた様子でぼそっと呟いた時、もしやと身構えた私の嫌な予感は悲しいことに当たっていた。

「じゃあ、同じように名前をかわいくしてあげるよ」

 向井くんはそう言ってポケットからもう一つヘアゴムを出す。どうやら予備でもう一つもらっていたらしい。
 彼がすっと私の前髪に手を伸ばしてきてほんの数秒でぱぱっとくくってきた時、彼からふわりと香る制汗剤の匂いと、その手と手首の日焼けの境界線に、ふいうちでどきっとしてしまったのは、きっと今日が暑すぎるせいなんだと思うことにした。

「ははっ、似合いすぎ」
「…そう?」

 ツボに入ったように笑っている彼に対して私は、火照る頬をごまかすように曖昧に笑うことしかできない。お願いだから、誰も私の鼓動の速さに気づきませんように。


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