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タピオカ談義  




 野球部といえども流行に敏感なヤツってのは意外といるもんで、練習漬けでなかなか自由に外出する暇などない割にきっちり毎月雑誌を手に入れてきたり、漫画の最新刊を回してきたりと(俺もたびたび恩恵にあずかる)、その謎の執念には驚かされる。
 しかしそういうヤツをもってしてもどうにもならないものがある。
 それが食べ物の流行りだ。放課後の買い食いなんてもんと無縁の生活を送っている俺たちからすれば、雑誌に載っている行列必至のラーメンだのパンだのスイーツだの、見た目はわかっても「どういう味をしているか」は想像で補う他ない。
 そんで、今野球部の一部で話題にのぼっているのが「女子高生に大人気」とかいう、ある飲み物だった。

「タピオカ…ってこれか? これが流行ってんのか?」

 食堂で開いていた雑誌の、黒い粒が入っている飲み物を笑顔で飲んでいるモデルの写真を指差して聞くと、「ああ」と神妙な面持ちで麻生が頷いた。 
 
「すげー美味いらしいぞ。もちもちしてて、お餅みたいなかんじの食感だとか」
「ふーん」
「ただ、人気の店だと数時間並ぶこともあるらしい」
「マジかよ」
 
 どうせ麻生も俺と同じく実際に口にしたことはないだろうに、伝聞をそのまま話して「マジだ」と言っているのもおかしな話だが、何せオフの時期が限られている俺たちにとっては、世間の流行について話すのもちょっとした息抜きになる。どうせ行くことのない海外旅行について語り合うみたいな感覚、っつったら普通の高校生にも少しは伝わるだろうか。
 一昔前はパンケーキだのハットグだの綿あめだの言っていた雑誌が今度はタピオカときた。俺からしたら完全に未知の世界だ。
 麻生の話(100%ネットと雑誌の受け売り)を聞き流しつつ「今日の数学の課題やってねえな」とぼんやり考えていたら、さっきまで食堂のテレビを使って他校のビデオを見ていたはずの沢村が急に「タピオカですか!」と至近距離で叫んできやがった。シンプルにうるせえ。

「俺それ聞いたことありますよクラスの女子に! カエルの卵みたいなやつでしょ!」
「栄純くん……食べる気なくすからその比喩はやめよう?」
「カエル……」

 ふわふわしたやり取りをしている沢村達は放っておくことにする。構ってやると調子づいて長くなるのが見えてるからな。
 会話が落ち着いたところで、ノリがぽつりと「ちょっと気になるな」と呟いた。「わかる」「俺も」と同調するヤツの多さに驚く。ノリはともかく、野球で鍛えたゴツゴツの身体を持つ男が数人で「タピオカ食ってみてえな」と言う姿はどことなくシュールだ。

「冬の帰省の時にでも行けばよくね?」
「なるほど。冬になればブーム落ち着いてそうだしな」
「じゃあ一緒に行くか」
「いいなそれ」

 あれやこれやと会話が弾みだしたところで、それまで黙っていた麻生が急に耐えきれなくなったように叫んだ。

「いやいやいやいや、お前らなんもわかってねえな。彼女と行くから楽しいんだろこういうのは!」

 瞬時に、それを聞いた全員が真顔になる。

「麻生お前、それは言わない約束だろうが」
「お前も彼女いねえだろ」
「関係ねえよ!! どうせ全員いねえんだからよ!」

 やけくそのようにそう叫ぶ麻生の姿には哀愁が漂っていた。全員「高校で三年間野球をやる」と覚悟を決めて野球部に入ってきたのだから、彼女がいないということに対して諦めはついている。
 しかし他人から言われるとなると話は別だ。それも同じ野球部のヤツから言われるとなれば地獄。

「俺はぜってー女子と行く! だからお前らも野球部で行くとか計画立てる暇あったらクラスの女子誘え! 『俺普段野球しかやってないからこういうのよくわかんねえんだよな』とか言え! 御幸みてえな胡散臭い笑顔使え!」
「胡散臭い笑顔で悪かったな。あとそろそろ風呂入れよお前ら」
「……え、御幸?」

 いつの間にか麻生の背後に立っていた御幸は、いわゆる胡散臭い笑顔を浮かべてこちらを見ていた。「あんまり遅くなると監督とかぶるぞ」と恐ろしい一言を追加された時点でもう、これ以上会話を長引かせる気は誰も起こらない。
 あわただしく部屋に戻って行く同級生(とどさくさに紛れて沢村達)を見送りつつ、俺も重い腰を上げる。

「タピオカ談義でよくそこまで盛り上がれるよな」
「そこから聞いてたのかよ。怖っ」
「で? 倉持も苗字誘ったりすんの?」
「…………お前に関係ねえだろ」

 女子を誘え、と麻生が言った時、確かに真っ先に思い浮かんだのは苗字の顔だった。
 別に付き合っているというわけでもなく、ただのクラスメイトのはずなのに。そしてそれを御幸に見透かされていることが腹立たしい。
 かといって御幸は俺がイラついていようが遠慮するような気遣いができる男ではないので、「否定はしねえんだ?」と笑っている。それだよそれ、そういう笑い方が胡散臭いんだっつーの。
 明日、苗字に「タピオカって食ったことあるか」とでも聞いてみるか。十中八九ないだろうから「それなら今度行ってみるか」――いや、これはない。なぜなら俺が苗字と話す場は教室で、教室には御幸がいて、御幸がその会話を聞いていないはずはないから。聞いたら首つっこんでくるに決まってるしな。
 あーめんどくせ。そこまで見越してわざわざ「苗字誘ったりすんの?」とか聞いてきたのかこいつ。読みの鋭さをそんなとこで発揮すんなよ。
 俺が明日の光景を想像してムカついているのを見て、御幸は普通に「んじゃ、俺は部屋戻るから」と自然に階段の方へ歩いて行った。
 あ、もしかしてこいつ、一人で風呂入るために俺らを呼びに来るのわざと自分が入った後にしたんじゃねえか、と気づいた時にはもう遅く、御幸を呼び止める前に「倉持先輩ー! 早く準備しないとボスとかぶりますよー!」とうるせえ沢村の声が廊下中に響き渡った。


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