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絶対不動エゴイスト  




 投手っていうのは、面倒な生き物だ。大抵自分の実力をプライドのよりどころにしているようなヤツばっかりだし、時に周りの言うことも利かず突っ走る投手なんてざらにいる。それでいて、試合で観客や記者に注目されるのは大体ピッチャーだ。他のポジションにつく選手が「やってられない」と思うことだってあるだろう。チーム全員から信頼を得るのはなかなかに難しい。
 だから、投手は周りのことをわかっていなくてはいけないし、できるだけ調子を崩さないようにする義務がある。怪我とかはもう運頼みなところがあるけれど、エラーとか失点で、あるいは自分が出したフォアボールで動揺しすぎないこととか、努力するべきところはいくらでもある。
 ――と、わかってはいるけれど、そう頭の中でシミュレートする程には上手くいかないのが現実ってやつで。

「太陽、どうかしたのか」
「……ごめん、乾さん。今日ちょっと調子悪いかも。ぶっ続けで二十球くらい投げたし、少し休んでいい?」
「ああ」

 今日はどうにもボールに気分が乗らず、ストライクが入りづらい。試合なら交代を言い渡されるレベルの調子の悪さに、自分でも笑うしかなかった。監督が雑誌の取材を受けて不在にしていてよかったとつくづく思う。こんな無様な姿を見られたら、次の試合の先発取消しになるかもしれない。

「珍しいこともあるもんだな」

 スポーツドリンクを飲むために日陰に入ると、ちょうど休憩の合間に俺の投球を見ていたらしい先輩が声をかけてきた。自分で言うのもなんだけど、練習でここまでうまくいかないことはあんまりないから、周りが見ても異常なんだろう。
 どうにかしないとなと思いながら、頭に浮かぶのは投球の細かい理屈とか力の配分のこととかじゃなくて、名前の顔だった。部活の時くらい忘れておきたいのに、本音の部分はそうではないようだ。
 冷静に考えてみれば、別におかしいことでもなんでもない。
 俺が普通の男子高校生だったら、放課後にこうして延々と硬球を投げ続けるなんてことはなく、名前と一緒に寄り道をして、本屋やファーストフードの店で何気ない会話をしたりするだろう。そういうことに対して羨望がないとは言わない。ここで野球がしたいと思って帝東に入った選択を後悔することは今までもこれからもないと言い切れるけれど、それとはまた違う次元で、そう思う。
 今日、名前は風邪をひいたとかで休んでいた。一日休むくらい、普通の高校生なら当たり前のことだけど、寮生活で部活漬けの俺が見舞いに行く選択肢はありえないから、学校で会えないということは丸一日会えないことを意味する。
 長引いたら数日、最悪一週間程度、名前に会えない。それは、俺にとっては結構きついものだ。

「なーんか、ダメなんですよね。今日」
「なんだそれ。彼女と喧嘩でもしたか?」
「っ……は、はぁっ!?」

 飲んでいたスポーツドリンクを吹きかけて、とっさに手で抑えた。この先輩はあまり冗談でそういうことを言う人ではない。つまり、それなりの根拠があって言っているわけで――バレてた? どこで?

「気づいてないと思ってたのかよ。乾とか結構前から気づいてたっぽいけど」
「マジで言ってます…?」

 俺や名前が誰かに言っていない時点で誰にバレるわけもないと高をくくっていたのだが、そうでもなかったようだ。乾さんは確かに、気づいていても言わなさそうだけど。
 自分だけバレてないつもりだったのがなんだか間抜けに思える。それなら一言言ってくれればいいのに、と俺が思っているのに気づいたのか、「別に意地悪で言わなかったわけじゃなくって」と先輩があわててフォローしてきた。

「あんま浮かれてないみたいだったし、そっとしておいてほしいんだろうなーと思って誰も口出さなかっただけだよ。野球部の中だと彼女できないヤツの方が多いし、言いたくない気持ちはわかるからさ」
「……そうですか」

 先輩たちなりに俺のことを思いやってくれていたということか。俺自身、あんまりいじられキャラってわけでもないから、そっとしてもらっていて正解だったんだろう。しかしそれを素直に認めるのも癪だから、お礼は言わないでおく。

「で? かわいいのか、彼女」
「関係ないでしょ。もう俺、練習戻りますから」
「お、逃げんのか」
「雑談ばっかしてると先輩も怒られますよ」

 名前のことをそこまで話す義務もない。ってか、名前に変な男(主に野球部絡み)が寄りつくのが嫌だから誰にも言わなかったわけだし。 

「彼女がいようがいなかろうが、エースがやることは変わりませんから」

 ベンチから立ち上がって、軽くストレッチをしつつ空を仰ぐ。雲一つない晴天。また日が暮れるまで(下手したら暮れても)、練習し続けないといけない。
 もっと強くなって、もっと当たり前みたいにいいピッチングをして、エゴの塊を貫き通して。投手ってのは本当、どうしようもなく面倒な生き物。自覚はしてても、きっとこれは未来永劫治らない。
 練習終わったら、名前にメールの一つでもしてみよう。どうせ返信遅いだろうから、電話をかけたっていい。今日がどれだけ絶不調でどうしようもない一日だったか、風邪で声が出ないかもしれない名前の相槌もいらないくらい、延々と話したい。
 名前がいない一日がこんなにも退屈なんだってこと、俺しか知らないのはなんだか悔しい気がするから。


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