まだ五月だっていうのに、肌にまとわりつくようなこの暑さは夏そのもので、こんな暑い中で朝からがっつり朝練して授業受けて放課後になったら部活に直行して、って、何をしてんだ俺はと我に返る。一日二十四時間ってほんとかよと疑いたくなるほどに、授業を受けてる時間は一瞬で過ぎて、身体も気持ちもすぐに部活に戻っていく。
毎日そうやって過ごしていると、試合とか何らかの記憶に残ることがない限りは一週間がとてつもなく早く感じる。あ、冬合宿は例外。あんな地獄の中で「一週間って早いな」なんて呑気なこと感じられるほど仙人じみたメンタルはさすがの俺も持っていない。
でもさすがに今日はいつもとはちょっと違う一日になる予感がしていた。
五月十七日。一年に一回だけの、俺の誕生日。寮生活で距離が近いということもあって、毎年なぜか誰かしらが祝ってくれる。朝起きた瞬間、「おめでとうございます!」とでけー声で叫んできた沢村はとりあえずシメておいた。お前、昨日まで俺のこと呼び捨てにしてただろうが。どういう気持ちで満面の笑み浮かべてんだよほんと。で、特に変わり映えのしない一日がまた始まる。朝練で嫌になるほど体を酷使し、くたくたになったまま食堂に駆け込む。もはや当たり前のものとなりつつある丼三杯のノルマをクリアしてから、ようやく教室に向かうことができる。
「お、倉持。誕生日おめでとう」
「おめでとう。さっきは沢村に絡まれてたみたいで言えなかったから」
「ありがとよ」
着替え終わって教室に向かう途中で出くわした白洲とノリは、いつもと変わりなく普通に祝ってくれた。なんだかんだいって、同学年にそう言ってもらえるのは素直に嬉しい。
少し気持ちが上向いたところで、「おめでとさん」と背後から御幸が声をかけてきたのでテンションが下がった。別に嫌味や皮肉じゃないとわかっていても、こいつが口にする言葉にはどこか裏があるんじゃないかと毎度勘ぐってしまう。「おう」と返す自分の声が無愛想になっているのはわかっていたが、どうしようもない。白洲とかノリと比べて、御幸相手となると普段の信頼感が違う。
「なんだ、機嫌悪いのか?」
「何か裏でもあんのかと思ってよ」
「普通に祝ってるだけじゃん」
ああそうかよ。いやわかってるけど。
「じゃあ俺らはこのへんで」と白洲がノリと共にA組の教室へ入っていってしまったために、結局こいつと並んで(非常に不本意だが)B組の教室に入る羽目になった。既にクラスのほとんどのヤツは席に座っていたり友達と喋っていたりしていて、俺の隣の席では苗字が単語帳をめくっていた。
「おはよ」
「おはよう」
御幸がにこやかに(こいつが表向きの笑顔を浮かべているのを見ると毎度胡散臭く感じるのは俺だけか?)挨拶をしても、苗字は微笑み返すこともなく定型的な挨拶を返した。
苗字は言葉にしないものの、御幸のことが苦手なんだろうなというのは雰囲気でわかる。御幸も御幸でそれを察しているだろうに遠慮することなく話しかけていくから、結局俺が隣でイライラする羽目になる。理由? 知るかよそんなこと。
「今日さ、何の日か知ってる?」
「何の日? 普通に……情報の課題の提出日、とか?」
「おーマジか、それは知らなかった。まあそれは置いといて、倉持の誕生日なんだよ、今日」
「え……」
きょとんとしている苗字は御幸を見て、それから俺に「本当?」と聞いてきた。御幸、俺だけでなく苗字からも信頼されてねえんだな。そう思うとちょっとざまあみろという気持ちになった。
「…そうだけど。別に言わなくていいだろ」
「そう? 苗字には知っておいて欲しいかと痛っ!」
「うっせ」
余計なことを言いかけた御幸には軽く蹴りを入れておいた。んなこと言ったら気を遣って「おめでとう」って言うしかなくなるだろうが。ちょっとは空気読めこのおたんこなす。
っつっても、苗字が俺の誕生日を知るってこと自体に嫌な気はしないし、むしろ知っておいてほしいというか、ああなんだこれ、意味わかんねえ。今のナシ。御幸を「とっとと自分の席座れ」と追い払ってから、勢いをつけて席に座る。まだ一つも授業は始まってないってのに、なんだこの疲労感。
でも、単語帳を閉じた苗字とふと目が合ったとき、そんな小さいことは忘れてしまった。
「誕生日おめでとう、倉持くん」
何の裏表もないぎこちない笑顔で苗字にそう言われると、むかつくけど、御幸に今だけ一ミリくらいは感謝してやっておいてもいいかなという気になってしまう。
今日は特別な日で、いつもとはちょっと違う一日なのだから。