長かった朝練が終わって、授業まであと数分。さっさと教室に入んなきゃって気持ちはあるけど、その前にちょっとだけ、名前に会いたかった。賭けのつもりで、名前がよく暇をつぶすのに使っている図書室をのぞいてみたら、案の定いた。
そのままなんとなく二人で教室に向かっていたものの、あくまでクラスメイトの距離感でしかいてくれない名前を困らせてやりたくなった。でも手を繋ごうとしたら名前はことごとく避けて、「ダメ」と言い切った。
「が、学校ではダメだよ」
ダメと言われたらしたくなるのが人間の心理ってやつで、ただでさえいつでも一緒にいられるわけではない名前にそう言われると「じゃあいつになったらいいの?」と聞いてわざと困らせてやりたくなる。しないけど。
代わりに軽く触れるだけのあっさりしたキスをして、耳まで真っ赤になった彼女を見つめた。全く、いい加減そろそろ慣れてほしい。俺が普通の男子高校生だったら、とっくに理性なんか吹っ飛んでる。
「だって名前と会えるの学校だけだから、しょうがないじゃん」
野球部で寮生活という時点で、高校生活のほとんどの時間を野球に費やさなければいけないのは決まっている。そうすることを選んだのは自分だから不満などあろうはずもない。
ただ、それとはまた別に、名前との時間もほんの少しでいいから欲しいと思っているのも事実。
そもそも、「好きだから付き合って」とストレートに告白したのは俺の方だし、俺が名前のことを好きなのは当たり前なんだけど、名前が俺のことをそこまで好きなのかって、正直、疑う時もある。断りきれなくて流れで付き合ってたりして。
「名前って俺のこと好きだよね?」
「へっ!? な、そんなの、いきなり……」
「好き? 嫌い?」
「……好き」
「ふーん。でもさ、俺はもっと好きな自信あるよ? 名前のこと」
そう言った一瞬で名前が固まったのを逃さないように、すっと指を絡めた。階段の途中っていう、誰かに見られてもおかしくない場所。見られたら面倒なことになるんだろうなって頭ではわかってる。名前も困るだろう。俺も、もちろん困る。大事な宝物は自分の中にだけそっとしまっておきたい。誰にも触れさせたくない。
半分くらいしか言葉にしないけど、俺なりに結構本気なんだってこと、名前にだけは知っていて欲しかった。
「…あと五分で、授業だから。急がないと」
動揺を隠すように精一杯強がっている彼女の横顔を、今ここで見られるのは俺だけに許された特権だ。ああほんと、彼氏で良かった。
名前は俺を引き離すように早足で歩く。でも、手を繋いでるから全く意味がない。離して、と訴えてくる視線を無視する。そうこうしている間にもう三分前。思ってたより切羽詰ってたみたい。腕時計を確認してさらに焦っている名前を見て、これからの三分間がずーっとループすればいいのに、と初恋にどっぷり浸かってる中学生みたいなことを考えてしまった。