dream | ナノ


曖昧サジェスチョン  




「苗字、何も考えずに今すぐ俺の指をどれか引っぱれ」

 延々とわけのわからない図形の辺の長さや角度を求め続ける数学の時間がようやく終わって、いつもと変わらない昼休みが始まる。やれやれと息をついているところに、倉持くんは私の方に寄ってきて、なぜかそんなことを言い出した。
 彼が意味のないことを聞くとは思えないけれど、理由がわからない質問というのはどこか不気味だ。倉持くんの後ろの席でニヤニヤしている御幸くんはどうやらこの質問の意図を知っているらしい。彼が笑っているということは、あまりまともなことじゃないと察しはつく。

「引っぱる、ってどういうこと…?」
「早く」

 一応聞いてみたものの、急かしてくる倉持くんの勢いに気圧されて、とっさに彼の小指をつかんでしまった。彼の手に触れるのは初めてだったから、なんだか指をつかむだけでも緊張する。野球部で毎日鍛えている倉持くんの手は全体的に日焼けしてゴツゴツしていて、私のものとは全然違う。
 「小指……」とぼそりと呟いた倉持くんは何か考えこんでいて、それを見た御幸くんが素早く何やら耳打ちした。その直後に倉持くんは耳まで真っ赤にして固まってしまった。

「…………」
「…………あの、これって何のクイズ?」
「い、いや、なんでもねえよ」

 そう取り繕う倉持くんは明らかに動揺していて、目を全く合わせずに「あー俺、食堂行ってくる」と廊下へ出て行ってしまった。
 本人に説明するつもりがないのなら、倉持くんの後ろ姿を見て爆笑している御幸くんに聞く他なさそうだ。さっきの耳打ちの直後に倉持くんの様子がおかしくなったことからして、直接的にせよ間接的にせよ、原因はほとんど御幸くんにあるようだし。

「御幸くん。あの質問、何だったの?」
「へ? ああ、心理テストだよ。引っぱった指でそれぞれ意味があんの」
「え……」
「気になるならググってみれば?」

 そう言われてググらないわけにもいかない。鞄にしまっていた携帯を出して『心理テスト』『指』で検索すると、すぐに結果が出た。どうやら「自分の指を選んでもらうことで異性の気持ちがわかる心理テスト」らしい。
 親指なら、気を許せる相談相手。
 人差し指なら、仕事や学校でのよいパートナー。
 中指なら友達。
 薬指なら結婚相手。
 小指は――と読み進めて、画面をスクロールしていた指がふと止まる。――小指は。

「意味わかった?」

 私が動きを止めた理由を悟った御幸くんは、「お前らほんと面白いよな」と笑っていて、それに対して何も言えないのがなんだか悔しかった。倉持くんが逃げるように食堂に行ってしまった気持ちが痛いほどわかる。確かにこれは、どうしようもない。

『小指は理想の恋人』

 ただの心理テストだから。当たってなんかない。気にしないで。なんとなく小指にしただけで。と、ごまかすことならいくらでもできるはずなのに、その一文を嘘にしたくない自分の本音に嘘はつけなかった。かと言って堂々と認めてしまえるほどの度胸はなく。宙ぶらりんな想いは今日も、そっとしまわれたまま。


prev / next

[ list top ]


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -