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ありきたりな放課後  




 放課後の始まりを告げるチャイムが鳴るとすぐに、倉持くんは席を立つ。野球部に限らず運動部の人は大体慌ただしく教室を出ていくものだけど、彼の素早さはその中でもトップクラスだ。掃除当番などの何らかの用事がない限りは毎日、教室から勢いよく飛び出していく。
 同じ野球部であり倉持くん同様レギュラーであるはずの御幸くんは、それほど急ぐことはない。かといって教室に長居することもなく、さっさと支度をして無言で出ていく。彼らの中では、授業が終わった瞬間に部活用のスイッチが入ったみたいな感覚らしい。授業だけで充分疲れている私にはよくわからないけど、そういうものだとこの前倉持くんが言っていた。
 
「野球部、やっぱ早いねー、出ていくの」
「そりゃそうでしょ。毎日エグいほど練習してるらしいし」
「やば」

 二人がいなくなってからそんな会話をしているクラスの人たちも、私も、野球部がどれくらい強くてどういう練習をしているのかはあまりわかっていない。ただ、なんとなくすごいんだろうな、という漠然としたイメージがあるだけで。
 今週の私は出席番号の関係で掃除当番になっていたので、教室の後ろにある用具箱から箒を出して、軽く床を掃いていた。倉持くんには「練習見に来いよ」「あと差し入れくれ」とあれこれ言われているものの、今日行くかどうかはまだ決めていない。行けば、どうしたって彼の姿を目で追ってしまう。凝りもせず、飽きもせず。
 倉持君はそろそろグラウンドで練習を始めている頃だろうか。校舎からグラウンドまでは少し距離があるし着替える時間も考えれば、まだかも。
 普通の高校なら運動部同士でグラウンドを奪い合うものだろうけれど、昔から野球部が有名なここではちゃんと野球部専用の練習設備がそろっている。他の運動部はその差を羨むことはあっても贔屓だと言うことはほとんどない。それだけの期待に見合った結果を出すために野球部全員がどれだけ努力しているかを、誰もが知っているから。
 今日もいつもと同じようにそうしているんだろうな――と、とりとめのないことを考える。思い浮かぶのは倉持くんのことばかりで、自分の単純さがなんだか恥ずかしい。ちゃんと掃除に集中するために床を掃くスピードを上げかけたところで、廊下からものすごい勢いで誰かが走ってくる音が聞こえた。
 開けっ放しの教室のドアから滑り込むように入ってきたのは、もう練習に行っているはずの倉持くんで。

「だぁーっくそ、忘れ物した!」

 ユニフォーム姿の倉持くんはそう叫びながら慌ただしい音とともに教室に入ってきた。ごそごそと机の中をあさって「あれ、ねえな」とぶつくさ言っている様子はいつも通りなのに、制服じゃないというだけでなんだか別人のような気がしてしまう。
 私含めクラスメイトが遠巻きにして見守る中、目当てのものはなかなか見つからないようで、頭を抱えて「やべえな」と呟いた倉持くんはふと私の方を見た。

「苗字、俺のファイルどこしまったか知らね? 机の中にねえんだけど」
「え……鞄とか」
「それはもう見た」
「それなら…情報教室とか?」
「あ、六時間目の授業の時か。それかもな。ありがとよ」

 単に適当に返しただけの私の答えにすぐに納得して、また素早く教室を出ていく様は倉持くんならではというか、なんというか。
 倉持くんがいなくなったことで、教室の中の空気も少し緩んで、「グラウンドから戻ってくるほどの忘れ物ってどんなんだよ」「倉持戻ってきたとき普通にビビったわ」「廊下全力で走りすぎだよな」と皆の口数も増えてきた。倉持くん(しかもユニフォーム姿)に一瞬緊張したのは皆同じだったらしい。

「なんか、倉持と苗字さんのやりとり、夫婦みたいだったよね」
「あーそれ思った」

 そんな会話も耳に入って、赤くなった顔に気づかれないように、ことさらに真面目に掃除をしているフリをした。


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