dream | ナノ


お互い様な恋人  




 合宿明けのオフの日くらいは二人で出かけたい、なんてことを言うのは普通彼女の方からなんじゃないかって思うけど、名前はそういうことを自分から言うタイプじゃないから、毎度のことながら俺から言っている。
 なんていうか、これでいいのかっていう気もしなくはない。欲を言えばもうちょっと、俺が名前のことを考えているのと同じかそれ以上に名前が俺のことを考えていたらいいなって思う。でもガキくさいからそんなことは言えない。だって、名前に鬱陶しがられたくないし。
 外出届を出し終わってから、面倒な先輩につかまらないよう早足で歩きつつ外へ出た。春先だけどまだ風の冷たさは冬のそれで、服装に困る。さっき部屋を出たときに出くわした乾さんは外出の理由こそ聞かなかったものの、「今日は寒いぞ」だの「風邪をひかないようにしろ」だの小言ばっかり言うもんだから、はいはいと適当に相槌を打って聞き流しておいた。全く、お母さんじゃないんだからさ。
 駅前で待ち合わせとは言ったものの、名前のことだから早めに来るだろうことは想像がつく。そのためにあえて待ち合わせる時間を遅めにして、俺の方が先に着くように計算しておいた。毎回俺の方が遅いとカッコつかない。
 日曜日の十一時前とあって、俺と同じように誰かと待ち合わせているらしい人が多い。人混みを避けつつ場所をキープ。スマホをチェックすると、ちょうど名前からラインが来ていた。

『ごめんなさい、ちょっと電車が遅れたから待たせるかも』

 珍しいこともあるものだと思いながらも、ちょっとホッとした。『いいよ、適当に時間つぶしとく』と一言送って、さてどうするかと周りを見渡す。
 近くにある店で使えそうなのはファミレスとコンビニとコーヒーチェーン。さてどれにするか。どこもそれなりに混んでいるのは確かだろうし――と考えながら歩き出したところで、スマホが震えた。名前かと思って見たら、乾さんから。

『太陽、わかっているだろうが…日曜日は門限がいつもより早いから気をつけるようにな』

 だからあんたは俺のお母さんか、と内心ツッコみつつ既読スルー。いつものことだからいいよね、別に。



 結局、一番楽に待てそうなコーヒーチェーンに入った。舌を噛みそうな長ったらしい名前の飲み物を季節限定として推しているらしく、店のいたるところにでかでかと写真が貼られている。カロリーどれくらいあるんだろ、これ。
 特にメニューを見ずにレジへ直行すると、店員のお姉さんは「いらっしゃいませ」と隙のない微笑みを浮かべた。

「ご注文はお決まりですか?」
「アイスティーで。ミルクはいらないです」
「はい、かしこまりました」

 ちょうど窓際の一人席が空いていたのはラッキーだった。一応名前に店の名前と「窓際のあたりにいるから」ってことをラインで知らせておく。
 名前を待つ間くらいはいいか、と鞄からファイルを出す。「暇があったら見ておけ」と乾さんに渡された他校のデータのコピー。映像でない分わかりやすさは落ちるけど、何もせずぼーっとするよりはマシだろう。何より、次にどういう相手が俺の球を見て驚いた顔をしてくれるのか、考えるだけでわくわくする。
 選手の特徴。何が得意で苦手か。チームの中でどういう立ち位置か。足はどれくらいあるか。最悪歩かせた方がいいか。知らなくたってキャッチャーのリードに従うだけの投球ならできるけど、そんなの投手としての楽しさをドブに捨ててるようなものだ。
 知らないことが、一番つまらない。

 ――彼女できてもさ、野球より大事にできねえよな。

 寮の中で彼女がどうとか恋愛がどうとかいう話になったとき、とある先輩がそんなことを言っていたのをふと思い出す。その時は「ただの負け惜しみじゃん」としか思えなかったけど、改めて考えてみても俺にはその気持ちがさっぱり理解できない。
 俺にとって野球と名前はそもそもジャンルが違うし、比べようと思ったことさえなかった。
 確信を持って言えるのは、どっちが欠けても困るということくらい。こうして野球のことで頭を悩ませるのも、名前を待つのも、好きだからできるわけで。先輩が言っていたことに俺なりに反論するとしたら、「並行して大事にできないならそもそも彼女作らなくていいんじゃないですか」ってかんじ?
 そんなとりとめのないことを考えつつデータを一通り見終わって軽く肩を回したところで、「太陽くん」と小声で俺を呼ぶ名前の声がして、後ろを振り返ると、今来たばかりらしい名前がそこにいた。

「着いてたなら電話してくれてよかったのに」
「…いや、邪魔したら悪いかなって」
「何その遠慮」

 名前らしいといえば名前らしいけど。データのプリントで散らかしていた机の上を片付けながらちらりと様子をうかがうと、ちょっと顔が赤いような気がした。

「どうかした?」
「…いや、その。なんていうか。久しぶりだし、緊張しちゃって」
「緊張って」
「またカッコよくなってるから……」

 は、と一瞬思考が止まる。直球すぎる褒め言葉。名前がそういうことを出会い頭に気軽に言うタイプでないのはわかっているから、つまりそれは本気ってことで。っていうか、言うんだ。カッコいいとか、思うんだ? 名前が。俺に対して。

「あのさ、名前」
「…?」
「ストレートに言われると、俺も結構くるもんあるんだけど」

 きょとんとしている名前は自分が口にした言葉の威力をわかっていないらしい。
 知ってるようでまだ全然名前のことわかってないのかも、俺。対外的にはわがままで自己中な向井太陽で通ってんのに、彼女にここまで気持ちを振り回されてるなんて、ほんと、ありえない。あーもう、そういう不意打ちとか、俺のこと心配そうに見てるその目とか表情とか、何もかも好きだし。
 勘弁してよ、これ以上好きになったらどうしようもないから。


prev / next

[ list top ]


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -