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灼熱センチメンタル  




 何かを予想することは誰にだってできるものの、その通りに全てが上手くいく、なんてことはあんまりない。勉強もそうだし、部活もしかり。
 俺や他の青道のキャッチャーたちが日々頭を悩ませている他校の分析や配球の組み立てなんて、そのままぴったりハマれば万々歳。もちろん、そんなケースはほとんどありえない。
 今日は週末の他校との試合に向けた調整の日で、投手陣の調子を軽く見る程度でいいと監督からは言われていた。特に最近調子が悪いような投手はいないし、今日くらいは楽をさせてもらって、クリス先輩たちとの試合に向けたミーティングに集中するかと呑気なことを考えていたのだが、まあそんなすんなりと思い通りにいかせてくれないのがうちの投手様たちだ。

「もうちょっと投げていいっすか!」
「……僕も、もっと投げたいです」

 一年生の二人には先輩への遠慮や適度に力を抜いて週末に備えようとかいう意識は微塵もない。面白いからいいけど、付き合う方の身にもなってくれよなとか思ったりもする。

「お前らなぁ、監督にも言われてんだろ。投手の練習は投げることだけじゃねえぞ。今日はもう十分すぎるほど投げてるから、これ以上はやめとけって」
「待てい御幸一也ぁ――!!」
「…………」

 背後から聞こえてくる沢村の声と無言の降谷のプレッシャーを無視して、さっさと寮の方へ向かう。クリス先輩はもういるだろうし、おそらく投手陣の相手もそこそこに小野たちもそのうち来るだろう。ドンマイ、沢村。そんな日もある。
 直射日光を避けて日陰を選びながら歩いていたら、なぜかベンチのところに片岡監督と苗字がいるのが見えた。野球部に縁もゆかりもない苗字がグラウンドのそばのベンチに座っているというのはなかなかに違和感がある。しかも片岡監督と話してるとかいうミラクル。いつものいかついサングラス姿の監督もどこか表情が柔らかいような気がする。野球部員相手じゃないから当たり前だけど。

「何かあったんですか?」
「ちょっと所用でな。今からミーティングか? クリスは少し遅れると言っていたが」
「そうですか、わかりました。俺も準備してから行きます」
「ああ」

 監督は軽く頷いてから、ブルペンの方に向かっていった。大方、沢村たちが無茶をしていないかどうかの確認だろう。
 それを目で追っていた苗字はようやく肩の荷が下りたとばかりにほっとした顔をしていた。

「監督と二人で話すとか、すげー度胸だな」
「…ただの伝言係。風紀委員の担当の先生が怪我でしばらく抜けるから、助っ人をお願いしたかったんだって。でもなかなか直接頼む機会がないから、代わりにお願いされて」
「へえ、じゃあこれから毎日監督が校門前に立ってんのか……すごいことになりそうだな。お疲れさん」
「ありがとう……片岡先生と話したのほとんど初めてだったから、めちゃくちゃ緊張した」
「優しかっただろ? 女子相手だし」
「それはまあ…うん。今日は暑いから、ってわざわざ日陰のベンチの方に来てくれて」

 炎天下で毎日監督の叱咤を受けている野球部の面々が聞けば羨ましさで号泣しそうなことだが、苗字はそんなことなど露知らず、ハンカチで汗を拭きながらグラウンドを見ていた。
 運動とは無縁そうな白い肌はなんだかこの場にはそぐわなくて、不思議なかんじがした。毎日教室で見るのとは少し違う、心がざわつくような何か。

「練習、戻らなくていいの?」
「俺はちょっと捕手のミーティングに行く前にスコアブックの確認。…一応言っとくけど、サボってるわけじゃないからな?」

 クリス先輩がすぐ来ないということは俺が今行ったとしてもやることはないし、一番乗りになってしまうのはほぼ確実。まだ冷房がついていないサウナ状態の部屋でいつ来るかもわからない人待ちをし続けるくらいなら、日陰のベンチでこうして苗字と適当な会話をしておく方がずっと楽だ。
 そういった打算を見通されて何か言われるかと思っていたのに、苗字は俺が隣に座ってもそれについて文句は言わなかった。なんでだろ、と横をチラ見して、すぐに理由を悟る。俺のことなど一瞬で忘れたかのように、夢中で見つめている視線の先。ちょうどいいタイミングで小湊弟に球をパスした倉持が、嬉しそうに笑っていた。
 最初っから望みゼロなことくらい、わかってんだけど。
 
「苗字」

 こっちを向かない苗字にイタズラのつもりで呼びかけて、振り返ったその頬に人差し指を当てた。古典的なやり方なのに、なんの予想もしていなかったらしい彼女は何が起こったのか理解するまでちょっとの間きょとんとしていて、その間が抜けた表情が何とも言えず笑いを誘った。

「ひっかかったな、やっぱ」
「――っ」

 してやったり。ようやく俺がからかっただけということに気づいた苗字が「もうっ……」と赤くなって目をそらす。
 本当ならキスでもして、俺が結構本気なんだってアピールすんのが定石なんだろう。そうできないのは、場所も場所だしっていう現実的な理由と、あと、苗字の青春をぶち壊す気になれないというセンチメンタルな理由による。俺も大概健気なことで。
 予想や計算をしてもどうにもならないことって、ある。勉強も、部活も。あと、こういう状況も。だからもうちょっとくらいはこのベンチで足踏みしてるのも、悪くないんじゃないか? 叶わない夢の切れ端をつかもうとするくらいはさ。


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