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自覚的アンビバレント  




 他人が隠していることがすぐにわかってしまうのは、俺にとっては昔からよくあることで、だから今さらそれで困ることがあるとは思っていなかった。むしろ、気づくことで何かそいつのためにすることもできるし、どちらかというと得なんだろうな、くらい能天気に考えていたくらいで。
 でも、見通してしまった中身が俺にとって胸糞悪いことなら、そうも言っていられない。例えば他人の悪口とか。言葉で表されなくてもなんとなく負の感情っつーのは伝わってしまうものだ。
 逆のことも、実はそれはそれで厄介だ。好き、とかそういう、めんどくせえ類のもの。スルーできるところはするものの、いつまでも無視しているのもそれはそれで気を遣う。
 だから寮の中でふと恋バナが始まって「どこのクラスの誰々が好きだ」なんて話になると、俺は大体全く知らないフリをして話を聞こうとする。本当は誰がどういうやつを好きかなんてわかってるんだが。
 そういうわけで、女子の話をする流れで御幸が苗字の話をしたときに、こいつがどうやら本気になりつつあることを俺は察していた。そりゃあもう、瞬時に。そして「御幸をそれでからかってやろう」という気持ちよりも先に「すげーむかつく」という単純な苛立ちが生まれたことに自分で驚いた。別に苗字が御幸と付き合い始めたというわけでも、御幸が「苗字のことが好きだ」と自分で言ったわけでもないのに。俺にもそういうめんどくせえ部分が一応存在していたらしい。
 むかつくけど、でも、それを言葉にしたところで御幸を調子づかせるだけで、俺にとってメリットなど一つもない。だから話を振られないうちにと「俺そろそろ風呂行ってくるわ」と適当なことを言って話の輪から抜けた。それはもう、自然と。
 しかしそれを察してしまう勘のいい厄介な人というのは意外といるもので。

「もうちょっと本音を大事にした方がいいんじゃない?」
「……何のことっすか、亮さん」

 食堂から出てすぐ、どこからともなく現れた亮さんは、「わかってるでしょ」といつもと変わらない笑顔で言った。
 部活ではこれ以上なく頼りになる先輩の洞察力も、こと自分に絡んでくると少々面倒くさい。亮さんには俺が嘘をついてでもあの場を離れたかった理由などバレバレで、そんなつまらない意地を張って何になるのかと思っているんだろう。

「つまんねー話だから抜けただけっすよ」
「お前があくまでそういうつもりならいいけどさ、あんまりうだうだ悩まないでよね。迷惑だから」

 迷惑だから。
 そうすぱっと言い切って去っていった亮さんに答える言葉一つ見つからないまま、俺はただ立ち尽くしていた。
 御幸が苗字のなんてことのない話をするときにする表情。声色の柔らかさ。どうしてお前がそこまで覚えてるんだよと言いたくなるくらい、話の中に出てくる日常の些細な苗字の姿。その全てに耐えられなかったのは、俺の中に原因がある。
 他人が隠そうとしていることがわかるということは、自分が隠したい本音もはっきり自覚できることと表裏一体だ。認めたくない。はっきりさせたくない。そうして現状維持を貫けば、まだギリギリのところで踏みとどまれる気がしていた。

『倉持くん』

 苗字の声を、今は無性に聞きたかった。俺をまっすぐ見て、呼ぶ、その声。

「今さら言えっかよ……」

 御幸みたいに計算しつくした行動をとることも、亮さんのように我を通すことも、俺にはできない。まして、本音をさらけ出すことなんて。
 それを口にすることなど大したことじゃなく、きっと俺が何を言おうと苗字は拒むことはないんだろうとなんとなくわかっていて、一歩を踏み出すことをためらっていた。日常の中にある何かが変わることがただ怖くて。
 あえて俺がいるところで苗字の話をした御幸は、俺にそれを突きつけたかったんだろう、多分。ぼやぼやしてんなよって。

 ――好きだよ。好きで悪いかよ。お前みてえにへらへら笑っていられるほど軽いもんじゃねえんだよ、こっちは。

 そう叫んでいる心に、ダセえな俺、と笑ってしまいたくなる。一つたりとも言葉にできないものが、そこにただ、残っていた。


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