dream | ナノ


青い春  




*「時すでに遅し」の続き








『そうか…御幸と付き合ってたのか』

 始まりは、それだった。おそらくは。
 数日前に告白をしてきた人がそういった斜め上の誤解をしてしまったせいか、いつのまにやら「御幸くんと私が付き合っている」という根も葉もない噂が拡散され始め、はっきり否定しても「でも御幸くんは『そうだよ』って言ってた」と言われ、諸悪の根源は御幸くんかと気づき本人を問い詰めたら「あたふたしてる苗字見んの楽しいから」と平然とめちゃくちゃなことを言いだしたのでこれはもうどうしようもないなと思ったのが今日の午前中までの話。
 御幸くんと少しでも関わったことのある人ならばわかる、彼の面倒なところについて、不思議と「野球部レギュラーの御幸くん」としか彼を知らない人たちには全く伝わっていないらしい。人間の第一印象は見た目でほぼ決まると言うのだから、まあ確かに御幸くんを「見ただけ」であれば悪い印象を持ちようがないのだけれど、しかし、実際に御幸くんの人となりを知ればそんな好印象は一瞬にして消え失せるに違いない。私にとってはできるだけ距離をとっておきたい人であり、付き合っているだなんていう誤解は全校放送で訂正したいくらいだ。
 じゃないと、私の声の届かないところで誤解がいつしか真実になり、果ては――

「苗字さん、御幸くんと付き合ってるって本当なの?」

 ――こういう風に昼休みのわずかな時間に女子の集まりに呼び出されることになるから。

「え……いや、本当、ではないです」
「じゃあ嘘?」
「はい」

 教室でのんびりとご飯を食べている時に呼び出しを受け、連れてこられた中庭の端っこで私はただただ彼女たちの視線を受けながら縮こまっているしかなかった。その中に運動部らしき子はほとんどいなくて、ほとんどの子が、綺麗にパーマがあてられた髪の毛や手入れの行き届いた爪、校則よりちょっと短いスカートなど、私を萎縮させるには充分すぎる要素を兼ね備えている。
 普段、私が話すことがあまりないタイプの女子。綺麗で、かわいくて、また、自分をそう見せる術を知っている。そういう人たちが御幸くんのことを盲目的に好きだというのもなんだか不思議な気もするけれど、恋なんてそんなものなのかもしれない。

「えー、でも御幸くんは付き合ってるって言ってなかった?」
「確かに」
「けどさぁ、冗談かも」
「ありえるありえる! 御幸くんだし」
「どっちなの結局」

 彼女たちの中で会話が見事に一周し、私の元に戻ってくる。いやだからあなたたちのおっしゃる通り御幸くんの冗談で、と答える前に「ってゆーか付き合ってるかどうかは置いといて、苗字さんは御幸くんのことどう思ってるの?」「あぁ〜それ気になる!」「ライバルかもだし!」となぜか彼女たちの中で会話がさらに熱を帯びてきた。
 これはもう、私がイエスと言おうがノーと言おうが話が長くなるだけになりそうだ。食べかけだったお弁当のことは諦めることにして彼女たちの話に適当に相槌を打ちながら曖昧に笑っておく。
 さすがに彼女たちも午後からの授業があるだろうから、それまでには解放してもらえるだろうし。そんな風に半分自棄になりつつ長々と続く御幸くん談義に付き合っていたら、突然後ろからぽんと肩を叩かれて、えっと驚き振り返ったら、なぜか倉持くんがそこに立っていた。

「何してんだよ」

 いきなり現れた男子、それも御幸くんと同じ野球部でお世辞にも柄がいい方とは言えない倉持くん相手となると彼女たちの勢いも衰えるらしく、私と同じかそれ以上に動揺した表情でお互い顔を見合わせていた。 

「げっ……倉持じゃん」
「なんで? いやなんでここいんの?」
「私ら今大事な話してんだけど!」
「あーうっせえな。どうせ御幸のことだろ」

 彼女たちのことを知っていたのか、倉持くんは「大体一年の頃から御幸御幸ってそればっかだなお前らは」と呆れたように言う。「いいじゃん別に!」「倉持に関係ないでしょ!!」と言い返しながらもそれに続く言葉が出てこなかったのか、彼女たちは「と、とにかく御幸くんと付き合ってないならそう言ってよね!」と捨てゼリフを吐いて去って行った。何回も「付き合ってない」と否定した私の言葉は全く耳に入っていなかったらしい。
 軽くため息をつきながら彼女たちの背中を見送ってから、倉持くんが「めんどくせえなほんと」と呟いて、教室の方へ歩き始める。お礼を言わないとと思って咄嗟に「倉持くん!」と呼ぶ。ちょっと驚いたようにこちらを向いた倉持くんに、頭を下げた。

「あ、ありがとう……助けてくれて」
「別になんもしてねえし。ああいうのはシカトしときゃいいんだよ」
「…でも、どうして私がここに呼び出されてるってわかったの?」
「弁当出しっぱなしだったし、多分あいつらじゃねえかって御幸が言ってたからな。じゃあお前が行ってこいよっつったら『俺が行ったらもっとややこしくなるから』って。意味わかんねえ」

 倉持くんにはいまいちぴんときていないようだけど、御幸くんが来ていたら彼女たちがすんなり去ることはなかっただろうなと思う。
 誰だって、普通は好きな人の「特別」になりたい。もしなれないとすれば、せめて誰にも「特別」になってほしくない。理屈抜きでそういうものなのだ。さっき、御幸くんが顔を見せて私の味方をするような言動をすれば、彼女たちには私が彼の「特別」であるかのように映ってしまう。それは彼女たちの最後の希望を潰してしまうことになるし、私への風当たりがさらに強くなるのは想像に難くない。
 最初から御幸くんが否定してくれればそれで済んだ話ではあるけれど、今ここにいない時点で彼がある程度気を遣ったことはわかる。同じクラスでそれなりに話すこともありながら、私は彼の性格がいまいち理解できない。人をおちょくるようなことをすると思ったら、急に優しく人並みの気遣いを見せてみたり。
 それが御幸くんらしい、というのはちょっといいように考えすぎか。

「っつーか次のライティングって小テストあったか?」
「あるよ。先週は構文テストだったから、今週は多分がっつり英作文」
「はぁ? まじかよ!?」

 予想していなかった小テストに軽くキレている倉持くんに追い打ちをかけるように予鈴が鳴って、私も彼も慌てて教室へ向かう足を速めた。教室に戻ったら、食べかけのお弁当を鞄にしまって(食べることはもう諦めた)、小テストの準備をして、あと――にやにや笑って私たちを出迎えてくれるであろう御幸くんに仕返しの一つでもできたなら、もうそれで充分だ。


prev / next

[ list top ]


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -