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ふたりぼっち世界  




 俺の彼女である名前はめちゃくちゃかわいい。
 まあこの俺が選んだ相手なんだから、当たり前っちゃ当たり前なんだけど。ただ、名前の見た目がどーとか中身がどーとか周りに口出されたらムカつくから、今のところあんまり「彼女できた」とは言ってない。逆に彼女に部活の話をすることもほとんどなかった。俺以外の男に目移りされたらイヤだから。俺が名前のことを好きで、名前が俺のことを好きだったら、もうそれで充分。
 ――なのに、どうして世界って俺と名前で完結してないんだろう。

「ごめん、誰かと付き合うとか今考えられないし」

 練習も終わって更衣室に向かう途中で出くわした女の子から差し入れのついでみたいにされた告白を断りながら、「あーあ」と天を仰ぎたくなった。口からよどみなく嘘が出てくる自分がちょっぴりイヤになる。本当のことを言ったら、少しは楽になるかな。俺には名前っていうすっげーかわいくて超愛してる彼女がいるからごめんなさい、って。ダメか。いろんなとこから怒られそう。

「そうなんだ……」
「うん。じゃあね。ありがとう」

 相手はもう少し話していたそうだったけど、これ以上話すこともないだろうと強引に話を打ち切った。さっさと更衣室に向かわないと、下手すると鍵を閉められてしまう。
 告白されても全く浮かれずに数秒後には着替えの事しか考えていない男。考えてみれば結構薄情かもしれない。「それは冷たすぎるよ」って、名前に怒られてしまう。でもたとえ怒られても構わないし、むしろもっと怒られながらでもいいから二人で話していたい。名前の声が聞きたい。
 俺がどれだけ名前のことを好きで今この瞬間会いたいと思ってるか、名前は全く知らないだろう。どれだけ言葉にしても彼女は俺の言葉を三分の一くらいしか受け取ってくれないし、会おうとしたって部活があるからうまくいかない。付き合ってんのに。
 校内での練習も終わって、後は寮に帰ってご飯を食べて寝るだけだから、どう頑張ったって会えないのはわかりきっている。明日が待ち遠しい。教室の隅っこで本を読んでる名前を見て、さりげなく話しかけて、安心したかった。
 そんなことを考えているうちに更衣室を通り過ぎてしまっていて、引き返そうとしたら見慣れた後ろ姿が目に入った。気づかないフリするのも後輩として失礼だし、練習が終わっているとはいえ声はかけておかないといけない。

「おーい、乾さん」
「…太陽。まだ着替えていなかったのか?」
「ちょっとね、いろいろあって」

 俺の気まぐれもいつものことだと割り切っているのか、乾さんはそれ以上突っ込んで聞いてくることはしなかった。この人のこういうところに俺はいつも助けられているし、安心する。名前のことも、乾さんにくらいは話しておきたいな、いつかは。

「乾さんはもう上がる?」
「ああ。今日は他校のビデオを見るつもりだ」
「じゃあ俺も見よっかな」
「なーー」

 乾さんがよく口にする言葉を借りれば「雷に打たれたかのような衝撃を受けた」顔をされてしまった。俺、野球に関してはそんなに不真面目なつもりないんだけど。自分が期待されていることも、それに応じるためにやっておかなければならないことも、わかってる。エースだから。
 けど、やっぱ健全な男子高校生として、普通に彼女のことが恋しくなるのもやめられないっていうか。わがまますぎ? でも、俺が「帝東のエース」じゃなく「向井太陽」でいられる時間くらいはせめて、名前のことだけ考えたい。それくらいは、普段から俺になかなか甘い顔をしてくれない名前も許してくれるだろうから。


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