dream | ナノ


知らないで、わかって  




 バカな後輩を持つと先輩は否応なしに苦労する。当たり前のことなんだけど、自分がそうなるとはあんまり思っていなかった。青道に入って野球やろうなんていうヤツは大体中学もがっつり野球をしているし、そうなると野球に関する最低限の知識と礼儀くらいは持ってるに決まっている。
 ごく稀にそうでないヤツも入ってくるけれど、まさか二人も入って来るとはさすがの俺も想像していなかった。しかも投手だし。おかげで毎日退屈しなくて済むものの、やることも昨年よりは格段に増えた。
 寝る前にスコアブックをながめたり、明日以降の練習メニューをどう調整するべきか考えたりしているうちに、時間はあっという間に過ぎていく。さすがに明日の練習にも響くしそろそろやめとくか、と机の電気を切ったのとほぼ同時に、ドアを二回雑にノックする音が響いた。こんな時間に部屋まで来るようなヤツは限られている。沢村か、まあ倉持ってとこか。

「御幸ぃ、入るで」
「返事する前に入ってんじゃん」

 俺のツッコミもどこ吹く風で遠慮なく部屋に入ってきたのは、予想に反してゾノだった。毎日遅くまで練習を欠かさないゾノがわざわざ夜に俺の部屋へ来るのは珍しい。
 何も言わずすっと床にあぐらをかいて座ってから、ゾノは話の切り出し方に迷っているようだった。相談、にしては俺にする理由がわからないし、特に部活のことであればゾノの性格からしても俺より先輩を頼るはずだ。少し興味をひかれたのであえて話を促さずに待ってみると、数秒経ってからようやく「あんな…」と口を開いた。

「どうや? 今年の一年」
「面白いヤツは多いけど、まだまだ鍛えないと試合では使えないな。まあ、本人たちが一番わかってるみたいだから心配はいらないだろ」
「そうか……」

 話している様子からして、俺の答えは特にゾノが欲しがっていたものではないようだった。かといって不満があるようにも見えないし、ゾノのどこかそわそわしている雰囲気が気になった。
 もうちょっと待っても良かったけど、直球に聞いても怒られることはないだろう。「で?」と続きをせがむと、ゾノは驚いたように俺を見た。一年からそこそこの付き合いなのに、いまだにここまでわかりやすい反応をされると逆に戸惑う。

「ゾノが本当に聞きたいのは何だよ? それがメインってことはないだろうし」
「……お前の勘の良さが時々怖なるわ」

 ちゃんと観察すれば誰だってわかることだと思うけど、ゾノの反応が面白いからあえて黙っておく。俺に話の流れを見通されたことで逆に肝が据わったのか、「じゃあもう言うわ」とゾノはようやく本題に入った。

「倉持のことや」
「あー、なるほど」

 それか、とようやく合点がいく。部活のこと自体なら先輩に相談すればいいけど、同級生のこととなるとそうもいかない。幸い俺の学年にはそれほど揉め事は多くない(仲がいいというよりはお互いに干渉したがらない空気があるせいだろう)から、これまではそれで悩まされることはなかったが。
 でも倉持についての相談と言われても、それほどピンと来ない。あいつはもともと能力にムラがあるタイプでもないし、人間関係については意外と空気を読む。俺の知らないところで何かあったのか、と想像していると、神妙な面持ちのゾノが小声で言った。

「……彼女できたんか、倉持」
「ブフッ」

 シリアスな表情と話している内容のギャップが大きすぎて、思わず吹いてしまった。男としてその話題は普通に考慮に入れるべきだったか。それにしても、ゾノが俺の部屋にわざわざ夜に来て聞いてくることがそれって、面白すぎない?

「何わろとんねん! こっちは心配しとんじゃ!!」
「いやーわりぃわりぃ。ゾノ最高」

 確かに最近やたらと部活でも調子がいい倉持を見てたら、「何かあったのか」と思われてもおかしくはない。加えて、ゾノは俺たちと同じ二年だし、部活外で倉持を見てそういう疑いを強くすることもあるだろう。何せ、たいてい教室でも教室の外でもあいつの隣には苗字がいる。
 苗字は俺と倉持の同じクラスで、隣の席じゃなかったら倉持と一生話すことがなさそうなタイプの女子だ。見ていればすぐわかるほど倉持が好きだというのがダダ漏れで、からかうと面白い。俺は結構好きだけど、本気で手を出したら倉持に半殺しにされかねないので今のところは様子を見ている。

「最近部活以外であいつ見かけると大体同じ子と喋っとるし、部活でも調子良さそうやし、気になるやろ!! お前に彼女ができても別に驚かんけどな、倉持やぞ? しかも運動部の女子ならともかく、見た目いかにも文化系の子ときたら、どういうミラクルやねんと思うやろ」
「まあな。気持ちはわかるけど、ゾノが見たのは彼女じゃねえよ。あいつの隣の席の女子ってだけだし」

 一応、嘘は言っていない。「倉持のことが好きな」女子、と情報をあえてつけなかったのは、それを耳にしたらゾノを混乱させるだけだろうという優しい配慮からだ。
 しかしこういうときに限って本能的に嘘がわかるのか、ゾノは納得いっていないようだった。

「……ほんまか?」
「なんだよ。嘘じゃねえって」
「お前が笑ってるときは、嘘ついてるか裏があると決まっとるからな」
「ひでえ」

 当たってるけど、ゾノにバレてるのはなんか悔しい。

「まあ、どっちでもええわ。彼女おったらムカつくけど、倉持やし許したるわ」
「誰目線?」
「俺目線や」

 無理やりすぎる理屈をこねながら妙に堂々としているゾノを見ていると、ちょっとだけその単純さがうらやましくなった。毎日あの二人を見ている俺としては、今さら他人として距離を置くわけにもいかない。いつまでも本気になれないってのも、それはそれできついものがある。誰も労わってくれないけど、俺っていろいろ頑張りすぎだよなあ、とため息をつきたくなってしまった。
 後輩はあんなだし、倉持と苗字はそんなかんじだし、ゾノはゾノだし。まあ、毎日楽しませてもらってるから、俺の本音なんか気づいてなくていいけどさ、全然。


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