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きらきらはじまる  




 これは試練だ。
 昼休みに数学の先生のところに質問に行ったら「日直が来ないし、悪いけど全員分のワークを教室まで持って行ってくれ」と言われ、ぎっしりとワークが詰まった段ボールを渡されたのがつい十分ほど前の話。そういえば、数学のワークがそろそろ新しくなるとか言ってたっけ。なんとか一人で持てる量ではあったものの、腰にくるためにそうさっさと歩けない。一休みを入れながらたらたらと歩き続けてどうにか教室の方まで近づいてきたものの、二年の教室に行くには階段を上る必要があった。
 誰か知り合いが通りがかれば手伝ってもらえるのに、と自分の人的ネットワークの小ささを嘆きたくなってしまう。でも、嘆いたところでどうにもならないし、先生には「一人で大丈夫です」と優等生の返事をしてしまったし、ここは意地でも教室にたどりつかないと負けな気がした。
 そうして階段を上り始めたところで「おい」と後ろから呼ばれ、一瞬びくりと驚いた瞬間にすっ転びそうになり、「あ、やばい」と思ったものの、みっともなく転ぶのは回避できた。後ろから私に話しかけてきた(そもそも私が転びそうになった原因でもある)倉持くんが支えてくれたことによって、どうにか。

「ご…ごめん」
「ったく、危なっかしいんだよ」

 まさか倉持くんとは思わなかったので、わりと本気で驚いてしまった。必然的に私が倉持くんに寄りかかってしまうような体勢になっていたので、慌てて離れる。心臓がまだバクバクいっていて、なかなか落ち着かない。
 同じクラスではあるけど、倉持くんのことはあんまりよくわからない。話したことも、それほどなかった。野球部で、二年でありながらもうレギュラーで、なんとなく怖い。そういう人と、文化系を地で行く私のような女子が関わる機会はほとんどないからだ。なのに、びくびくしている私とは対照的に倉持くんは平然としていた。

「これ、教室に持ってくのか?」
「うん」
「そーかよ」

 そう言ってから、倉持くんは当たり前のように私から段ボールを奪ってずんずんと階段を上り始める。え、と固まっている私を置いて。正直なところ、私のことをクラスメイトと認識していないだろうなと思っていたから、彼が迷いなく自分の教室に向かっているのが――私が同じクラスだと知っていたのが、素直にうれしかった。

「く、倉持くん。持つから、私」
「あ? さっき階段一段目でずっこけそうになってたどんくせーヤツが何言ってんだ」
「…………」

 そう言われると、返す言葉もない。普段運動をするわけでもない文化系の運動音痴としては私のどんくささはいたって平均的なレベルとは思うのだが、倉持くんからしたら信じがたいほどひどいものだろうし。

「変な気ぃ回すな! 俺が行った方が百億倍速いから持ってるだけだっつーの、バァカ」
「うん……その、ありがとう」
「大体、なんでお前みてーなのがこんな力仕事してんだよ」
「日直が来なかったから、って先生は言ってたけど……」
「…………」

 数秒、沈黙が流れる。いつもうるさいくらい喋り倒す倉持くんが無言だと、なんだか不気味だ。理由を考えて、ふと一つ思い当たることがあった。私も誰が日直だったかを今まで考えようともしなかったけれど、そういえば今日の日直って、確か女子の方が休みで、男子は――。

「倉持くん、もしかして今日……」
「うっせ!! これでチャラになんだろ! っつーかしろ!」

 ちょっとムキになっている倉持くんが面白くて、思わず吹き出してしまった。「笑うな!!!」と即座に怒られたけど、そう言われたからって止まるものでもない。
 笑いながら歩く道のりはあっという間で、いつの間にか教室までの距離はあと数歩になっていた。倉持くんはさっきよりも早足になって教室へと急ぐ。私も追いかけるように彼について行く。一人で先に行こうと思えばもっと早く着いたに違いないのに、私の歩く速度に合わせてくれている彼の優しさに甘えながら。


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