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日常リマインド  




 考えてみれば高校生でいられる三年間なんて人生何十年の中では数パーセントくらいのものでしかないし、高校二年になった今、あと一年があっという間に過ぎるであろうことは想像に難くない。だから何かしようとか思い出をちゃんと作ろうということは全く思わないけど。今は大して何とも思わない教室の机の並びとか、クリーナーを何度かけてもなかなか綺麗にならない黒板消しとか、校門前で毎朝立っている風紀の先生を懐かしく思う日がいつか来るのかもしれない。
 今、私の目の前で後輩の男の子にプロレス技をかけている倉持くんのことも。

「沢村てめー、二年の教室に入ってきて俺に挨拶なしたァいい度胸だな!?」
「いってぇぇぇっすよ倉持先輩!! しょうがないでしょ俺が用あったの倉持先輩じゃなくて御幸先輩だし!!」
「言い訳になってねえんだよそれ!」

 昼休みが始まってすぐ、見知らぬ男の子が「失礼しやす!! 御幸先輩いますか!!」と大声をあげて教室に入ってきた。後輩の一年生が先輩を訪ねて来ることはたまにあるけれど、御幸くんにとは珍しい。クラス全員が「え?」という顔をしたのもつかの間、倉持くんが「うるせえ!」と一喝して彼を教室から追い出し、廊下で説教なのか喧嘩なのかわからないやりとりを始めた。どうやら彼は倉持くんと同じ野球部の一年らしく、そうわかれば倉持くんのどこか楽しそうな様子にも納得がいった。
 二人の声は教室までストレートに響くほど大きくて、さすが野球部だなあと感心しつつも私は他人事丸出しで本を読んだりしていた。でも、シャーペンの芯を切らしていることにふと気がついて、購買部に行くためには廊下に出ざるを得なくなってしまった。まあ倉持くんたちがいるところから反対側を通って行くことも時間的には無理ではないか、と考えつつ廊下に出てすぐに倉持くんがプロレス技を後輩の子(沢村くんだったか)にかけているところに遭遇してしまい、今に至る。

「痛い痛いギブっす倉持先輩!!! お、お助けくださいそこの先輩――!!」
「えっ」

 関わらないようにして通り抜けようとしたのもつかの間、沢村くんと目が合ってしまった。無視して行ってしまえばそれでいいのだけれど、「あ?」とこちらを見てくる倉持くんの眼光の鋭さに動けなくなってしまう。

「んだよ、苗字か。邪魔すんなっつの」
「あ、うん」
「あ――!!! 先輩ダメっすよ女性には優しくしろって俺のじいちゃんが言ってましたよ!!?? っつーかさっきより声ちっさ!!!」
「うっせえよ沢村ァ!!」

 確かにいつもより倉持くんの声が小さいとは私も思ったけれど、本人を前にしてそれを言う沢村くんの度胸には恐れ入った。倉持くんと仲良くできる理由がわかった気がする。
 倉持くんが私の行く手を邪魔することはないだろうし、早く購買部に行ってしまおう。あと八分くらいしかない。歩き出そうとした私のそばから、倉持くんほど大きいわけではないのに一度聞いただけで誰かわかる声が聞こえた。

「おーおー、何廊下で騒いでんだお前ら」

 ついさっきまで教室にはいなかったはずの御幸くんだ。彼は大体休み時間は倉持くんと話しているイメージが強いけれど、今日のようにたまにふらりといなくなることがある。神出鬼没というか、つかみどころがないというか。

「御幸先輩!! 聞いてくださいよいきなり倉持先輩がプロレス技かけてくるんすよ!!」
「ハッ、挨拶もできねえ後輩に上下関係のなんたるかを教えてやってるだけだろーが」

 もちろん御幸くんの姿をみるなり沢村くんは必死に話しかけるし(プロレス技をかけられながら喋れるって地味にすごいと思う)、倉持くんは倉持くんで平然としている。廊下にいる人たちの注目を一身に集めているという自覚が二人にはないらしい。ちょっとだけ、他人のふりをしたくなった。
 御幸くんはもう慣れているのか、「はっは、仲良しでいいな」と笑いながら流して、私の方を見た。なぜだか最近彼に絡まれることが多いので、それだけで「あ、話しかけてくる」と見当がついてしまう。

「苗字はどうしたんだ? さっきから突っ立ってるけど」
「え…あ、購買部に行こうかと思って」
「じゃあ俺も行こっかな。ちょうどボールペンのインク切れたし」

 絶対嘘だなと思いながらも、私を利用してまでこの場を離れたがっている御幸くんを無下にするのもかわいそうなのでツッコまないでおく。「そうなんだ」と言うにとどめて、できるだけ早足で歩き出す。この野球部メンバーとセットで周りに覚えられるのは困る。目立ちたくない。
 廊下の角の手前くらいまで歩いたところで、御幸くんが「げ」と呟く。なんだろうと横を見たら、彼は後ろを見ていて、振り向けば倉持くんと沢村くんが私たちの方へ全速力で走って来ていた。

「待て!!」
「待ってくださいよ!!!!」

 さすが野球部。思わず拍手を送りたくなるほどの俊足で瞬時に追いついてきた。それを見て御幸くんは「めんどくせえな」と言いたげな顔をしてため息をつく。

「ったく、お前は大人しく沢村で遊んどけよな」
「てめーの魂胆はバレバレなんだよ!」
「俺の話をまず聞いてくださいよ!!」

 逃げた御幸くんに対して、もともと用事があったらしい沢村くんより倉持くんの方がなぜか怒っていた。沢村くんは沢村くんで、先輩二人が言い争っていても構わずに自分の話をしたがるし。ぎゃいのぎゃいのと騒がしく話しながら廊下を歩く彼らを見て、他の生徒たちは目を合わさないようにして道を開けていく。なんだかモーセみたいだなと思いつつ、私は授業が始まるまであと六分くらいしかないことを腕時計で確認して、購買部へと足を速めた。


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