運動ができる人って、かっこいい。当たり前なんだけど、体育の時間はいつもそれを実感してしまう。
普段は冴えない男の子がスリーポイントシュートを決めたらかっこいいし、バスケ部の女子が難しい場面で味方にパスをつないで点が入れば歓声がわく。
うらやましいなあとかかっこいいなあとか思いながら、私は見ているだけ。先生が点数をつけるときしかボールには触れないし、あとは隅っこで座り込んでお喋りに興じている女子の集まりにまぎれこむ。喋りもしないのに。
「おい、パスそっちじゃねえよ!」
体育館中に響くくらいの大声が聞こえて、そちらを見れば案の定、男子が試合をしているコートに倉持くんがいた。
私の隣の席の、ちょっと怖い野球部の人。今まで私が関わった人たちにはいなかったようなタイプ、というか、私が進んで関わろうと思わないタイプの人だ。それこそ教室で席が隣になるようなことがなければ、話すことなんか一生なかっただろう。今でも話しかけるとびっくりするし、私より他の人と話した方が楽しいんじゃないかと思ったりもするけど、それでも倉持くんと話す時間は好きだった。ずっとこの席でもいいのに、なんてふと思ってしまうくらいには。
多分、倉持くんは私のことをただの隣の席の女子としか認識してないから、これは私の勝手な一方通行の気持ち。ぼうっと試合の様子をながめながら、目は自然と彼を追っていた。
「苗字」
不意に声をかけられたことに一瞬え、と思考が止まる。周りで喋っていた女子たちも私の方を見ていて、なんだろうと思えば、すぐそばに御幸くんが立っていた。倉持くんと同じく野球部で、もちろん私と関わるようなことはほとんどなかったから、あんまり喋ったことはない。でも、この前倉持くんを見に行ったときに、少しだけ話した。ほんの少しだったと思うのに、なぜか私のほとんど全てを見透かされているような気がして、それ以来御幸くんには若干苦手意識がある。
『倉持のこと、好きなんだ?』
どうしてバレたんだろうという疑問は、さほどない。クラスの中でも目立たない部類の私みたいな女子がわざわざ野球部の練習を見に来ている時点で「そうなんだろうな」という見当はつくだろう。私がひっかかっていたのは、あの時御幸くんが私にそれを指摘したことだった。自分が知っていると、彼は私に思い知らせてきたのだ。十中八九、わざと。
そんな人を相手に警戒するのは当然だし、無視したいけれどそうもいかない。「何?」とできるだけ素っ気なく返す。周りの興味をひかないように、彼に関心を抱かれないように。
「いや、こんな隅っこで何してんのかなーって」
「……別に。テスト終わって、やることないから」
「ふうん」
御幸くんはどうせ、私が本当のことを言うわけないと知っている。正直に「倉持くんを見ていました」なんて、私の性格上死んでも言えない。知られている時点で、言う言わないなんて大した問題じゃないのかもしれないけど。
そんなやり取りをしているうちに男子のコートでの試合が終わり、先生が「ちょっと一回休憩入れるか」と言ったことで、各々がコートの外に置いていた水筒の方に向かう。倉持くんは誰より早く水分補給を終わらせて、誰かを探しているみたいにきょろきょろしていた。どうしたんだろうと呑気に見ていたら、こちらを見た瞬間に怒涛の速さで走ってきた。あ、御幸くんを探してたのか。
「おー倉持、お疲れさん」
「なァにが『お疲れさん』だてめえ! 試合出ろっつったのに消えやがって」
「わりぃわりぃ」
全然悪く思ってないだろうなという顔でしれっと答えて流している御幸くんは「苗字と話してたら楽しくってさ」とバレバレな嘘をつく。二人で言い争う分には好きにしてくれたらいいのだけれど、私を巻き込まないでほしい。倉持くんは倉持くんで、御幸くんの言葉を真に受けてものすごい顔で私のことを睨んでるし。
「は?」
「え、いや、御幸くんがそう言ってるだけで……」
会話に参加していたわけでも実際御幸くんと楽しげに話していたという事実があるわけでもないのに、なぜか私が説明しないといけない流れになっていた。今日は厄日か何かなんだろうか? でも、しどろもどろに弁明する私の言葉をなんとか信じてもらえたのか、「そーかよ」と言われたっきり、それ以上は追及されなかった。
「っつーか次の授業なんだっけ」
「えっと…英語、だったと思うけど。単語テストだよ、今日」
「はァ!? マジかよ。だりー」
倉持くんの反応からしてテスト勉強は全くしていないだろうから、これはまた教室に戻ってから単語帳を見せないといけないだろう。毎度の事ではあるけど、私の単語帳を見た五分十分くらいの記憶力だけでギリギリ再テストに引っかからない倉持くんは結構すごいと思う。野球部だから、再テストに行く時間のことを考えればそれくらい必死になって当然なのかもしれない。
ピーと単調な笛の音が鳴って、休憩中だったクラス全員が顔を上げる。先生の、「片づけを始めろ」の合図だ。まだ授業が終わるまで十五分くらいはあるし試合をしようと思えばできるけれど、片づけたり着替えたりの時間を考えれば確かに今くらいに切り上げるのがちょうどいい。
「とっとと戻るか、テストあるし」
そう言って足元に転がっていたボールでドリブルを始めながら、倉持くんは倉庫の方へ走って行った。いつものことながら速い。その後ろ姿が遠ざかって行くのを、追いかけるでもなく見つめる。全員が移動し始めたことでがやがやと騒がしくなる体育館の中で、私だけがそうしていた。
「わかりやすすぎだな」
からかうような御幸くんの言葉も素通りしてしまうくらいに、ただ、彼を見ていた。