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無自覚スタートライン  




「お前にとってあの子ってなんなの?」
「は?」
「いや、なーんか面白いなあと思って。お前のタイプじゃなさそうだし」

 化学室から教室への帰り道、唐突に御幸が切り出した。
 誰の事だよ、と考えて、「ほら、隣の席の苗字」と補足されてようやくわかった。俺の隣の席のなんか地味だしきょどるし友達は少ないしいつまでたっても俺に対してびくびくしてる女。それ以外のなんでもない。

「そんなんじゃねえよ」
「ふーん。でもこの前、わざわざ練習見に来てくれてたみたいだったけど?」
「ハァ? なんで俺じゃなくてお前がそんなこと知ってんだ?」
「そうだなあ、それはまあ内緒ってことで」

 へらりと笑った御幸の表情からして、どうせたまたま見かけて鎌かけたってとこだろうなと見当はつく。あいつどうせ、嘘とかつけないだろうし。特に後ろ暗いこともないから、勝手に勘ぐってろという感想しかない。ただ、御幸がこういう話の切り出し方をするのはなんだか気に入らなかった。部屋に遠慮なく土足で入られているような、そんなかんじ。

「どうせ、ろくでもねえこと考えてるだろ」
「まあな」
「せめて否定しろよ。お前のそういうとこ、ほんといけ好かねえ」

 厄介なのが、その適当に聞こえる言葉は九割がた正論か御幸の本音だってことだ。言葉の裏を読まなくていいのは楽でいいものの、言ってることがそのまま本音という奴は大概面倒くさい。
 いきなり口を開いたらこれまで話題に上げたこともない苗字の話で、怪しむなという方が無茶だろう。御幸はそうした俺の疑いをあっけらかんと肯定して、さらに「一応聞いときたかっただけだけど」と嫌な前置きをして、言った。

「倉持にその気ないんだったら、俺が行ってもいいよな?」

 何言ってんだバカかお前。俺に許可求めるまでもなく勝手にすりゃあいいだろ。っつってもあいつが御幸みたいな男のうわべに騙されてホイホイついて行くようには思えないし、時間の無駄に決まってる、っつーか他にしとけ。
 ということをたらたらご丁寧に返してやるのもなんだか癪で、「ケッ」と一言吐くにとどめて御幸より先に教室に入った。当然ながら俺や御幸より先に戻っていた苗字はもう席について次の授業の準備をしていて、それがやけに気に障った。俺や御幸が自分のことを話していたなんて一ミリも想像していないであろうかわいげのない横顔も。
 その苛立ちを引きずったままどっかり座って机に脚を投げ出し、じろりと隣を睨みつける。全く気づく様子はない。気づけよ、さっさと。

「おい」

 声をかけると、苗字はようやく俺の方を向いた。大してびびっていないあたり、俺が教室に戻ってきていたことには気づいていたようで、しかし声をかけられる心当たりがないとばかりに困った顔をしている。

「え、何……? 倉持くん」
「今日も来いよ」

 何のことか説明するまでもなく伝わったらしく、「え」と言ってから数秒、苗字は一気に顔を真っ赤にしてそれ以上の言葉を何も言わなくなった。さすがに俺が知ってるとは思っていなかったらしい。
 俺が「来い」と言ったからと半ば義務感で行ったものの、俺に話しかける勇気もなく突っ立ってたってとこだろう。鈍くさいこいつのことだからどうせその時御幸に見つかって、どういうことを話したか知らねえけど俺の話も出て――と、そこまで想像して普通にムカついてきた。理由なんてはっきりわかんねえけど、単純にムカつく。だから考えるよりも先に言葉にしていた。

「あと、御幸と喋ったらコロス」

 自分で言っておきながら「バカみてえだな」と思ったし、彼女でもなんでもない相手にそう言ったところで何の意味があるのかというと何の意味もない。それでも苗字は真面目に「はい」と返事をするし、一部始終をちゃんと見ていたらしい御幸はいつのまにか俺の横に立ってにやにや笑ってるし、休み時間を終わらせるチャイムが鳴るまで、この苛立ちはおさまりそうもなかった。


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