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不意打ちフォーリン  




 なんでもないことなのにどうにも頭から離れないっていうのは、いつでも誰にでもあることだ。とっとと他のことをして気を紛わせて忘れればそれでいいのに、そういう時に限ってうまくいかない。まさに今の俺。いつもなら五分もあれば着替えて更衣室から出ているところが、かれこれ十五分くらいはぼうっと座って考え込んでいる。


 元をたどれば、降谷が一年の女子から差し入れをもらっていたことがそもそもの原因だった。練習が終わってから誰かが差し入れをもらうことは、まあ、ごく稀にではあるがある。もちろんもらった後に周りから詰問と尋問と強奪をされることは目に見えているため、もらわない方がいっそ平和だが。降谷にはそういった感覚はないのか、「……ありがとう」とあの愛想なしにしては珍しくちゃんと目を見てお礼を言い、丁寧に受け取った。相手の女の子は嬉しそうで、ああ青春だねえなんて思いつつ見ていたら、いつのまにか隣にいた倉持が忌々しそうに降谷を睨みつけていた。

「ぜってー後でシメる……」
「ほどほどにしておけよ」

 投球に影響あっても俺が困るしと思って釘を刺しておいたら、なぜか倉持は俺の方を睨んできた。とばっちりかよ。

「他人事みてえに言ってっけど、お前もこの前もらってたろ」
「あー、そういやそうだったな」

 すっかり忘れてた、と言ったら俺もまとめてシメられかねないので笑ってごまかしておく。降谷が野球部に入ってから女子の差し入れがぽつりぽつりともらい始めたため、ついでみたいに俺ももらうことが増えた。それはそれでありがたい話なんだろうけど、名前も知らない相手からもらっても、だからどうなるってもんでもない。かと言って毎日顔を合わせているような相手からもらっても対応に困るというのが現実だ。
 要するに、自分がもともと気になっている相手以外からもらっても「ありがとう」と言って受け取る以上のリアクションを起こしようがない。

「お前、『ありがとう』とか笑顔で受け取っておいて、後で差し入れ全部捨ててるタイプだろ」
「倉持の中で俺ってそんなクズだったの? なんかショック」
「大体バレてんぞ。だから一年の時より差し入れ激減してんだろ」
「なるほど。それはそうかもな」

 降谷ほどじゃないにせよ、俺も去年はそれなりに差し入れだのなんだのをもらっていたような気がする。それで、なぜだかさっぱりわからないけれど告白もされた。好きです、とか、そういうありきたりなのがほとんどで、そうなると「ありがとう」以上に返す言葉もない。ありがとう、で、俺は何をしたらいい? っていう。わりと本気でそう思ったからそう返していただけだったのに、いつからか「やべえ奴」みたいなイメージが固定化されているのは解せない。ま、そう思われていたところで構いやしないけど。

「ある意味、お前って降谷以上にわけわかんねえよな」
「そうか?」
「はーやってらんね。先帰るわ」

 わざとらしくため息をついて更衣室に向かっていく倉持を見送って、ふと視線を感じたので振り返ると、ちょっと離れたフェンスの向こうに見覚えのある女子が立っていた。確かクラスが一緒の子だったはずだ。倉持の席にノートを持って行ったときに、隣の席でびくついていたのを覚えている。名前は確か、苗字、だっけ。

「どうかした?」

 目当ての誰かがいて野球部の応援に来るようなタイプじゃないのに、彼女がここにいるのがなんだか気になった。近づいて声をかけてみたら、案の定声をかけただけで「えっ、あ、あの……」と困惑されてしまう。

「誰かに用あんなら、呼んでくるけど」
「え、と……用っていうか…。倉持くんが、一回くらい見に来いって言ってたから、それで…来ただけで」

 言いづらそうに話す様子から察するに、俺も倉持も相当苗字から恐れられているらしい。なんかしたっけ。頑なに俺と目を合わそうとしない彼女をちょっとからかってみたくなって、ひょいひょいとあらゆる角度から彼女と目を合わそうと試みたものの、綺麗に全部避けられた。

「み、御幸くん」
「んー? どうした?」
「あんまりじろじろ見ないで……」

 真っ赤になって俯いている苗字ともう少し遊んでみたい気持ちもあったけれど、倉持に見つかっても面倒だからやめておく。どうせあいつのことだから、「部活を見に来い」なんて、大した考えもなく口に出したに過ぎないだろうし、まさか律儀に彼女が来ているなんて思っていないだろうから、気づく可能性はそんなにないが。

「倉持のこと好きなんだ?」
「っ……」
「あいつ、モテたい願望あるわりに鈍感だからなー。頑張れ頑張れ」

 普段から沢村たちに女子の影を感じたら容赦なくつつき回す割に、倉持は自分に女子がどう思われているかということに対してそんなにアンテナを張っていない。漠然とモテたい、とそれだけ。好きになる相手としてこれ以上厄介な相手もそうそういないだろう。
 しかし俺の予想に反して、彼女は動揺するでもなく、むしろさっきよりも落ち着いて俺を見つめ返してきた。さっきまであれほど避けていた視線を、あえて合わせてくるように、まっすぐ。

「……そういうのじゃない、から」
「ふうん」
「このままで、いいの」

 へえ、と納得しながらも、「好きなわけじゃない」と否定はしなかったところが興味をそそった。きっと倉持は明日も明後日も苗字の気持ちに気づくことはないし、彼女は彼女で倉持に伝えようという気は全くないから、二人の関係性は何事も起こらなければ彼女の言うとおり、このままで続いて行くんだろう。
 それが俺にとっては不思議なことのように思えた。俺が告白されたときに聞いた「好き」という言葉の奥には、明らかに俺に対しての期待があったし、大抵の男はその期待に応じるのが当然のようだったから。まあ俺は応じなかったけど。
 要するに、俺は倉持のことが単純に羨ましくなってしまったのだった。



 と、いうのがさっきまでの俺の話。
 苗字は話が終わるなり逃げるように去って行ったので、それ以上何があったわけでもないのだが、どうにも頭の中から彼女の俯いた顔が頭から離れなかった。最初は俺と目を合わせないくらい弱気だったくせに、肝心なところでは逃げずに嘘をついてごまかそうとはしない変な強さ。俺としても意外なほどに、心にすとんと入り込まれてしまった。

「あーあ、困った困った」

 そう呟きながらも、明日教室で彼女と顔を合わせるのが楽しみになってしまっている自分がいた。


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