dream | ナノ


気づいた時にはもう、それは。  




 なんだか頭がぼうっとするなあ、と目が覚めた瞬間に思って、横を向けば素っ裸の男が目に入った。状況を理解し切れずに固まっている私に気づくことなくすやすやと気持ちよさそうに寝ているその男に、見覚えがないと言ったら嘘になる。なぜなら彼は私の同級生で、数年ぶりに会うとはいえ、同級生のほとんどからはっきり覚えられているほどの有名人で、さらに言うなら卒業してからもなお、私の記憶の片隅に居座っていた人だから。

「御幸くん……?」

 触れることもできずに、ただ彼の寝顔を見つめる。
 そう、確か昨日は高校の同窓会だった。友達に会えたらいいな、くらいの気持ちで出かけたものの、実際に行ってみるとかなりの出席率だったようで、柄にもなく昔の話やお互いの近況などでいろんな人と喋るうちに、二次会や三次会と時間が経ち――最後の方はほとんど記憶がない。
 御幸くんと話した記憶も、ほとんどない。「久しぶり」と言葉を交わしたくらいのおぼろげなものしか。そもそも彼が私のことを高校の頃から認識していたかどうか怪しいものだ。それなのに、どうして今こういう状況になっているんだろう。ベッドを抜け出そうとして、自分も服を着ていなかったことに気づく。意識しないようにしていたものの、身体はだるいし、「そういうこと」があった、と仮定しても何ら違和感はない。むしろ、それしか答えがない気さえする。ベッドに放り出されていた下着や服をさっさと身につけながら、さてどうこの先を切り抜けるべきか、と思考をめぐらす。部屋の雑多な感じからして、どうやらここは御幸くんの部屋らしいし、彼の了解なく勝手に帰るわけにもいかない。
 そうして悶々と考え込んでいる私をさらに揺さぶるようにベッドが軋んで、声。

「なーにしてんの?」
「ひゃっ」

 後ろからすっとのびてきた腕に抱き寄せられて、ベッドに倒れこむ。振り向けば、悪戯が成功した子どもみたいに笑っている彼と目が合った。もしかすると、彼は私が目を覚ますよりも先に起きていたのかもしれない。狸寝入り。いかにも御幸くんがやりそうなことだ。 

「あ、あの」
「ん?」
「私、昨日御幸くんと何かあったの……? その、あんまり覚えてなくて」

 恐る恐る聞いてみると、御幸くんは平然と「だろうなあ」と頷いた。そこまで驚かれないと、さっきまで混乱していた自分がバカみたいに思えてくる。でも、この場合はどう考えても私の反応の方が正しい。数年ぶりに会った同級生と、(おそらく)彼の部屋で、お互い素っ裸で同じベッドに寝ている、なんて、驚かないでいられるはずがないのだから。

「んー、でも安心してほしいんだけど、俺はちゃんと了解とったから」
「安心……? 了解……?」

 彼の言葉に不穏な気配を感じて、私はただ聞き返すことしかできなかった。私のそんな反応も予想の範疇だったのか、御幸くんは「そうそう」と笑みを深める。

「『俺の部屋泊まっていく?』って聞いたし、『キスしてもいい?』とも『セックスして』」
「あ―――!!! わ――――!!!!! ちょっと待っ待っ待っ…やっぱり…その……し……したの?」
「したよ」

 あっさり告げられた事実に、私は返す言葉もなく黙るしかなかった。今時ドラマでもなかなかない、同窓会で久しぶりに会った同級生と、というベタなシチュエーション。自分がそんなことになるなんて思ってもみなかったし、その相手が御幸くんだったらなおさら、フリーズしてしまうのは仕方のないことだ。
 目を白黒させている私をじっと観察しながら、御幸くんは私の髪に触れた。するするする、と手櫛で梳かれるたびに頭皮に彼の指が当たって、くすぐったさと恥ずかしさで体温が上がってしまう。 

「じゃあ、もう全部忘れてるんだ? 俺のこと好きだったって言ってたことも」
「あ……」

 そう言われると、確かに昨日酔った勢いで言ったような気がする。御幸くんは私のことなんか知らないだろうけど、覚えてないだろうけど、私はずっと好きだったし、ちょっとだけ近い席になれたら嬉しかったし――とか、なんとか。「ストーカーじゃねえか」なんて同じ席で飲んでた倉持くんやクラスの皆に爆笑されて、そんなことないって反論して、あれ? その時御幸くんはどんな顔してたっけ。何か言ってくれたんだったっけ。

「俺はそれ聞いて、結構嬉しかったんだけど」
「……そうなの? 御幸くんだったら、他の人からも同じようなこと言われてたんじゃない?」
「好きだった子から言われたのは、さすがに初めてだよ」

 その一言に、またしても思考が止まってしまった。 

「好きだった……」
「うん」
「私を?」
「そう」
「御幸くんが?」
「どんだけ疑ってんだよ」

 呆れたように御幸くんはそう言うけど、疑いたくなるのも当然だ。クラスで目立つ方でもなく、御幸くんと喋ったことなんか数えるほどしかなかった私を好きになる要素がどこにあったのか、全くわからない。いっそ今すぐ本当に目が覚めて夢オチだったと気づく方が現実に近い。

「昨日はちゃんと信じてくれたみたいだったんだけどな」
「だって……覚えてない」
「じゃあ思い出して」

 そう言われても、はい思い出せましたとはならない。なのに、私の目の前にいる彼はまるで私が覚えていないのがおかしいとばかりにじっと見つめてくる。そう、彼のこういうところが好きだった。何に対しても、誰に対しても決して臆さない、頑固でちょっと面倒くさいところ。私には全くなかった、彼の強さであり弱さ。

 彼の目を見ているとそんな昔の気持ちが鮮明に蘇ってきて、どうしようもない気持ちになってしまう。だから、目をそらした。

「と、とりあえず今日は帰る、から……」
「だめ」

 彼の手を振りほどこうとしたのに、それを見越したかのように告げられた声が耳に入った瞬間、動けなくなる。決して強く抱き寄せようとはしない御幸くんは、ずるい。あくまで私に選択権があるのだと示して、でも、最初から一つの選択肢しか選ばせるつもりはないだなんて。

「逃げんなって、今さら」

 触れた彼の身体から感じる熱さに、何もかも委ねてしまいたいような、そんな衝動。これが嘘でも夢でもない現実であり、一度選べばもう引き返せないとわかっていながら、進んでそれに身を任せようと思うのは、手遅れとしか言いようがない。好きだった、じゃなかった。ずっと好き。今までもずっと、今もずっと。


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