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心中  




 最初から最後まで、ただただ、勝手な「人」だった。
 他のヤツらがどうなろうが知ったことじゃないと言いながら、自分のやりたいようにしか戦わず、戦果を挙げてもそれを私にひけらかすようなことはせず。私の元に最初からいた加州は彼のそんな様子を見て「ただ主の気を惹きたいだけだよ」と吐き捨てるように言っていたけれど、私はそうは思わない。 彼は――長谷部は、知りたかっただけではないだろうか。自分が人の形をとってこの世界に再び現れた理由、あるいはそのように差し向けた政府の思惑を。でも、単純に聞いたところで、彼の主である私はただの下っ端でしかないから、答えを教えられるはずもないことは明らかだ。そうなれば、選択肢は一つしかない。政府の指示には逆らわずに、従順に振る舞いつつ、戦いながら答えを探す。加州たちは決して選ぼうとはしなかった、どこまでも孤独なやり方だ。
 死に急ぐようなその行動を止めることも考えたけれど、結局は彼のやりたいようにさせた。私にも彼にも、大した時間は残されていない。彼らは戦いに敗れれば終わり。私は、勝敗にかかわらず、政府に必要とされなくなれば終わり。
 だから、いつかはその日が来ることをわかっていた、はずだった。

「主」

 心配そうな加州の声が耳に入って、ふと我に返る。明かりもつけずに考え込んでいたせいで、周りが薄暗くなってしまっていた。頭では明かりをつけないと、とか、明日のこともあるのだから戻って休息を取るように加州に言わないと、など、この場でとるべき行動がわかっているのに、口から出たのは全く違う言葉だった。

「ごめんね」

 心配をかけて、という意味ではないことを加州は察したようで、何も言わなかった。暦がこの世界で意味をなすものとは思えないから正確な日数は記憶していないものの、加州とはそれなりに付き合いだ。彼が私を誰より理解していると自負しているように、私も彼が何を考えているかはなんとなくわかるような気がしている。こうして彼が私の寝所に来た意味も、彼が本当に懸念している事が何なのかも。
 
「よくあることだよ、主。こんなの。傷つく必要なんかない。主があいつのことを……心配してたのは、わかるけど。だからって……」
「加州には迷惑かけちゃうけど、後の事はよろしくね」
「主!」

 政府にはもう、文書で辞意を示してある。先日の戦での失態の責任を取りたく、ともっともらしい理由もつけて。どうせ反対されるのが目に見えているから加州たちに知らせるつもりはなかったのに、やはりどこかから漏れてしまったようだ。
 審神者をやめることがどういうことなのかは、充分わかっているつもりだった。少なくとも私が知る限り、私の「先代」や同じような審神者が生きている可能性は、ない。

「加州、あなたの代わりはいないけど、私の代わりならいくらでもいるの」
「そんなこと……!」
「…じゃあ、私はあなたに何をしてあげられる? 戦わせて、傷つけて、死んでも責任一つ取らない。そんな私にあなたは命を懸けられる?」

 あの戦の終わり際、長谷部が目に見えて限界だったのは明らかだった。止めることもできずに見ているしかなかった自分を恥じずに何が「主」なのか。戦から戻って彼の死を悼む刀たちに声もかけられず、政府への報告書を書きながら、何度も考えた。
 私をずっと支えてくれていた加州を突き放すことも、計算の上だった。主との出会いも別れも、彼は何度も経験している。今回も例外ではないはず。
 そう思っていた私の考えの浅さを笑うかのように、加州は「当たり前じゃん」と平然と言ってのけた。

「命くらい、あげるよ」

 ためらいのない言葉に、知らず背筋がぞくりとした。私をまっすぐ見つめる彼の目には嘘偽りは一つもない。強張った私の身体を抱きしめる彼の腕は熱を帯びていて、彼が確かに生きていることを感じさせた。
 人の形として今ここにあるのは、あくまで戦いの道具としてでしかなくて、いつ消えるのかもわからない、儚い命。未来のない私にそれをあげると、加州は言ったのだ。

「……加州?」
「そんな覚悟とっくにできてるし。じゃないと、止めに来たりなんかしない。今までみたいに知らないフリして、また別の主が来るのを待てばいいだけだから……でも、今はイヤだ。主が死ぬなら俺も連れて行ってよ。置いて行ったりしないで」
「……」
「このままここにいたくないのなら、俺も一緒に出る」

 つまりは私と心中する――そういうことだった。
 加州の言葉は今の立場を真っ向から否定する滅茶苦茶なものでしかない。軽くあしらうこともできたし、そうすべきだった。そうできなかったのは、私を縛る、勝手な言葉を思い出したから。

『主、あなたは私が共に死にたかった、たった一人の主です』

 それは自分が死ぬと悟っていた長谷部が私に遺した言葉。私を死に誘う、彼の夢。
 「刀」は、幾人もの主と出会い、別れて行く。「主」もまた、審神者を続ける限りは同じ。その運命から逃げようとする私を、一人にさせてくれない刀がいる。我儘で、優しくて、強すぎる、刀が。

「……困った『人』ね、本当に」

 私の呟きに「知らなかった?」と返した加州の声は、どこか嬉しそうだった。


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