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Make up with you  




 人間なんてのはごちゃごちゃした表現にありがたみを感じる大層薄っぺらい生き物であり、まあ文学とかいうものに対してさほど真面目に向き合って来なかった私などからすれば個人の主観と感性を最大限に尊重した書き手と読み手の関係はとても奇妙なものに見える。でもお酒を飲みながら私の語りを聞いていた国木田さんによるとそういう考えなんていうのもまた一つの見方でしかなくて、それが正しいと信じて疑わない時点で私も私が思っている「薄っぺらい生き物」と変わりないらしい。
「薄っぺらい生き物だという自覚もなく薄っぺらい生き物とは一線を画しているかのような物言いをするとはなかなか図々しいですね」
 ありがたいお言葉。なるほどその通りですね国木田さんのおっしゃる通りです、と頷く素直な女の子であればそこで話は平和に終わるのだけど、あいにく私は左の頬を殴られれば相手の両頬をパチパチパンチする程度に負けん気の強い女である。しかし当然このやりとりの後に国木田さんの両頬をぶん殴ればただの暴力なので、私は少しばかり反論を試みて言葉による正式な殴り合いをしようとした。したのだ。そしてその結果、私の強そうで強いちょっと強くないメンタルはぼろ雑巾のごとく無残な状態になり、国木田さんの綺麗なシャツは私がぶっかけたお酒によってびしょびしょのぐちゃぐちゃになった。ざまあみろ。
 昨日のあの結果からして、ごめんなさいを言うのは国木田さんの方かと思いきや、どうやら常識的に考えて私の方らしい。確かにシャツを汚してしまったのは私の不徳の致すところである。いつも私の側に立ってくれる鄭和さんに「先に謝った方がいいわよ」と言われれば、昔から謝らざること山のごとしと言われた私もさすがに重い腰を上げる他ない。仕方なく国木田さんを探すことにした。いや、「仕方なく」というよりは「仕方なく、という体で」だ。最初からしおらしくしていれば相手に精神的なアドバンテージを与えてしまうから、あえて「渋々」来ましたよという雰囲気を出すことで対等でいられるようにするという私なりの交渉術。本音を言うと、これ以上国木田さんにやり込められるのは勘弁してほしいところなのだ。
 国木田さんの部屋。廊下。食堂。リビング。とりあえず国木田さんがいそうな場所には全て足をのばしたつもりなのだが、ハズレだった。今日はアビン狩りだの調査だのお買いものだの、用事は何も頼んでいないはずだし、出かけるのを見たという話も聞かないのに。よくあることだ。できるなら避けたいときに唐突に現れるくせに、会いたいと思った時には姿を見せてくれない。玄関まで来てしまったから、一旦また国木田さんの部屋まで戻る他なさそうだ。
「はあ、めんどくさ」
「何が面倒なんですか?」
「そりゃあ国木田さんのことですよ……って、え?」
 振り返ると、今まで見たこともないくらい穏やかな表情を浮かべている国木田さんがそこにいた。ハハハ聞かれてしまいましたかお恥ずかしい、と笑い飛ばす選択肢を容易に選ぶほど私はまだ命を軽々しく捨てるつもりはない。散々探したのにどこから現れたんですかと聞く余裕もない。
「そんなにわかりやすく真っ青な顔をされても困りますね。別に取って食ったりしませんよ」
 信憑性のなさすぎる言葉にはあそうですかと気のない答えを返しつつ、さりげなく国木田さんの表情をうかがう。毎度の事ながら、機嫌がいいのか悪いのかなんて表情を見ただけではさっぱりわからない。でも忘れてはいないだろう。怒っていてもおかしくはないし、冷静にねちねちぐちぐちと責められても驚かない。そんな単純でつまらないことを延々と考えていた私の思考を断ち切るかのように、国木田さんは「何か誤解をしているようですが」と口火を切った。
「昨日のことは、怒っていません。むしろ、謝らなくてはいけませんね。……言いすぎましたから」
「え」
「すみません」
 クララが立った時のハイジが受けたのと同じくらいの衝撃を受けたと言えばおわかりいただけるだろうか。あの傲岸不遜の極みのような態度で他人を威圧していると私の中で評判の国木田さんが、私のような特に何の取り柄もないただのパンピーに謝っている。ばつが悪そうな顔をして、私の答えを待っている。思い描いていた未来予想図が見事に崩れ去ってしまったからか、心のどこかでは期待していたはずのその言葉にただ戸惑っている自分がいた。
「え、あの、そういうのはちょっと専門外というか」
「それを言うなら予想外じゃないんですか」
 すかさず飛んできたいつも通りの訂正に少しだけ安心する。「言葉遣いはちゃんとしないと、あらゆるところで苦労しますよ」とついでに説教を垂れてくるのも国木田さんらしい。気が抜けてしまって笑っていたら、国木田さんが鞄からごそごそとお酒の入った箱を出して、にっこりと優しく微笑んだ。
「さっき買ってきたんです。今日もまた、一緒に飲みませんか。貴方さえよければ」
 そういうのって反則じゃないですか、と出かかった言葉を飲み込んで、「もちろん」と答えたのは、その箱に入っているお酒が私の大好きな銘柄だと知ってくれていたことが嬉しいからという理由もあるけど、一番は、国木田さんと話すことが何より楽しいから。きっとそれを素直に伝えられるのは、もう少し先になるだろう。でも、そう遠い未来の話ではない、そんな気がする。


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