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無礼講はほどほどに  




 今夜は無礼講だと最初に言い出したのは誰だっただろう。頭に直接響くような音と声は、そんな疑問に対する思考を遮断する。私を後ろから抱きかかえたまま太股を撫でまわしているピカソの手をひっつかんで咎める気さえわかない。飲みすぎたせいだけでなく、現在進行形で交わされている会話が耳に入ってしまうからというのも、理由の一つ。
「んだよ、やんのか? 大体最初から気に食わねぇと思ってたんだ、名前の恋人みたいな面しやがって」
「フン、くだらん。我があんな何の取り柄のない女にこだわるわけないだろう」
「オッサン、素直になれよ! この前だって秀吉さんに頼んでこっそり髪飾り買わせて…」
「な、小、小僧……! それ以上つまらぬ話をするのであれば斬るぞ」
「信長様。声が震えております」
 ウィルバー君の言葉に動揺しているのがバレバレな信長さんといい、そのやりとりに一瞬毒気を抜かれたような顔をしてからげらげら笑いだす中原さんといい、楽しそうで何よりだ。もちろん皮肉。
 そこら中に倒れて安らかな寝息を立てている人たちと散乱したビンを見るだけで頭痛がひどくなってくる。明日のことなど考えたくもなかった。いっそ私も彼らと同じように酔いつぶれて寝てしまいたい。
「なら、寝ればいいじゃん」
「絶対嫌」
 私が寝ることを躊躇っている理由そのものであるピカソは、明らかにそれをわかっていてにやにや笑っている。珍しく皆の前に姿を現したかと思えば、これだ。私への興味云々ではなく、暇つぶし以外の何物でもないのだろうけど。画家仲間と話す方が楽しいんじゃない、と言えば、確かになとあっさり頷いた。でもたまには不味い酒も飲みたくなるだろ、と続くありがたいお言葉。つまり彼の中で私は不味い酒と同等のものとしてカテゴライズされているらしい。
「ま、それにオマエの本命が誰なのかも知りたいし」
「は?」
「バレてないと思ってんの?」
 振り返った私ににやりと挑発的な笑みを浮かべるピカソはどうやらいくつか情報を持っているようだ。それはまあ、彼らと何もありません、いたって健全な関係ですなどと白々しい嘘をつくつもりはない。でも、互いに本気なのかどうかなんてどうだっていい。好きだとも言わずにキスだの何だのする方もどうかしている。同罪だ。
「もしかして、皆知ってる?」
「オレが知ってるくらいだからな」
「……ソウデスネ」
 隠し通せている自信はなかったとはいえ、それなりに知られていると思うと居心地が悪い。これだけアクの強い人たちをまとめるにはそれなりの対価を払わないといけない――だから私が個人的な必要にかられて彼らを利用していても、彼らが私を利用している限りは対等な取引になっていると考えるのは勝手過ぎるのか。
 私にとってそうであるように、彼らにとっても保険は多いに越したことはない。恋? 愛? それもまた結構。死にたくないと思える理由になるなら何にだって価値は見い出せる。そういう意味で言うなら、私は確かに彼らに恋をしている。愛している。失いたくないと思っている。
「もっと気楽に考えればいいじゃん。どうせあいつらと心中するつもりもねぇんだろ?」
「そうだけど…でも」
「迷ってるんなら、オマエ、自分で思ってるよりずっと本気なんだよ」
「手遅れってこと?」
「そー、それ」
 いつもは適当に聞き流すピカソの言葉なのに、今はなぜか胸にすとんと落ちた。手遅れ、なのだろうか。私が踏みとどまろうとしていたのは気のせいで、もうとっくの昔に飛び込んでしまっていたのかも。彼らも一緒に? いやどうだろう、と考えていたらへべれけになった中原さんがふらふらと私の膝の上に倒れこんできた。これがウィルバー君やゴッホさんあたりならよしよしと頭を撫でるところだけど、自分の意思でお酒を飲んで勝手に酔っぱらっている大人の中原さんを優しく介抱するほど私は人間ができていないのだ。困った。
「名前」
「なんですか」
「疲れた」
「寝てください」
「我が永遠の眠りにつく手伝いをしてやってもよいが……?」
「信長さんも寝てもらっていいですか」
 中原さんに言っているのだろうけど、信長さんも既に意識が朦朧としているのかろれつが回っていない。利休さんに向かって刀を抜こうとしたまま静かに壁にもたれかかる信長さんはさすがというか、酔っても自分のプライドに賭けて私の方には近づいてこなかった。珍しく言い返してこないと思えば、二人とも騒いでいたことが嘘のように既に穏やかな眠りについていた。最後まで無礼講を満喫していた二人が寝たこともあって、感激に涙が止まらなくなりそうなほど周りは静かになっている。
「オレもそろそろ寝るかな」
「後片付けは?」
「んなもんオレの仕事じゃねえし」
 冷たいことこの上ない言葉を残してさっさとピカソは部屋に戻って行った。私もあれくらい自由に振る舞えたら、迷うこともないだろうに。膝の上で寝息を立てている中原さんのレアな寝顔を見られるだけまだマシか。
「そなたも、もう休んだほうが良いのでは。よろしければ部屋までお連れしましょう」
「いえ…大丈夫です。このままで」
 利休さんの優しい申し出を断ってしまったのは、気分。私も彼らに負けず劣らず酔っている。これじゃあ、中原さんのことを非難できない。でも、多少羽目を外してしまっても大目に見てもらえるのが無礼講なのだから、これでいい。悪くは、ない。そう自分に向かって言い訳をしながら、まだグラスにわずかに残っていた真っ赤なワインを飲み干した。


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